1969(S44)年   1987(S62)年  1992(H4)年          1998(H10)年  2005(H17)年  
沖縄        CANADA    LONDON PARIS USA   香港 マカオ  上海 ソウル


2005年ソウル 韓国 Googleソウル


青瓦台(大統領官邸)


韓国 ソウル

備忘記
2005.11/21
ハングルの言葉や文字の違いを除けば、周りには父や母、兄弟、子供たちがいるようだった、これが第一印象である。
漢江の河岸周辺にできたソウルはロンドンやパリ、ニューヨークのような形態で都市ができていた。

 

 



2005年上海 Google上海

高杉晋作は
1862年5月から2ヶ月間
上海に滞在し、
そこで見た光景が
彼の行動を決定づけた

同じ長州人として
どうしても観ておきたかったので、来た


外灘(Bund)
黄浦江の夜の遊覧船からの写真

租界時代の石造建築物が
ライトアップされている



 


外灘(ワイタン)

後方は
旧江海北関(上海海関)


豫園
今年は酉年


浦東地区  東方明珠塔の展望台からの写真
88階建て420.5mの
金成大厦
グランド・ハイアット
が入っている


東方明珠塔
川(黄浦江)の対岸が
外灘、
金成大厦の展望台から

備忘記
2005.2/28

     


1998年 Google香港 & Googleマカオ

香港
昨年1997年7月1日
イギリスによる99年間の租借が終わった
イギリスから返還された香港を観たくて来た


九龍から
後方は香港島

鹿鳴春で食べた
中国料理は忘れられない
 


香港島の
ビクトリア・ピークからの夜景
 

映画:慕情を想い出す

ウイリアム・ホールデンが
ジェニファー・ジョーンズに「Give me your hand」と言うシーンがあって
聞き取れて、嬉しかったことを覚えている
高校生の頃

映画:慕情の中で流れていた音楽
Love is  a many splendored thing

アンディ・ウイリアムスが歌っていて
大好きだった

マカオ
大航海時代、荒海を乗り越えて、ここまで来たポルトガル人達の知力、体力、気力に感心したと同時に、東洋に対するレコンキスタのようなものも感じた。
勝者が歴史を作った光景があり、弱者が生きることの厳しさ難しさをも感じた。
今もこの街には建物だけでなく、ここで生きる人の顔に歴史が残っていた。


 聖ポール天主堂跡

初めてアジアに来た感想
西欧人が持つ
1.圧倒的な技術力
2.容姿体格からくる優越
3.発明発見で世界標準を創ってきた自信
4.本質的な支配者気質
5.信仰心からくる精神的な強靭さをアジア人は感じたに違いない。
歴史の中で圧倒された形で出会い、屈していったような気がした。
同時に、私と同じアジア人が持つ気質をも感じた。

書き残しておきたくて
PCの会計処理で数年間お世話になった開業医のT医師夫妻。現地集合し案内してもらった。
先生たちは幾度も訪れていらしたので、鹿鳴春はじめ色んな美味しいものをご馳走してもらった。
また、先生たちと一緒でなければマカオへ行くこともなかった。

 



1992H4年 ロサンゼルス  Los Angeles - Google 検索

ロサアンゼルス
  ↓夜行便
ニューヨーク
  ↓AMTRAC鉄道で
ワシントンDC
  ↓Domestic Air
ボストン
  ↓Cincinnati transfer
シアトル
を旅行する


unisys.com in Los

 


 Santa Monica


 Santa Monica


ビーチのレストランでThank you Jennifer

ロスのニューオオタニ
で宿泊


Disneyland
Mark Twain
Anaheim in Los Angeles
本当に感激した
この年になって、こんなにワクワクしたことはなかった
本物のEntertainmentとはこれだ
さすがディズニー


Universal Studios

映画製作の現場を面白く楽しませてくれる
人間の持つ錯覚と心理を利用し
気分を高揚させる

非現実的なこと
超人的なこと
不安や恐れ、期待や憧れを上手く調和させた
トリック作りが映画の真髄だ

芸術とは気分の転換なり


Grauman's Chinese Theater
Hollywood

Sid Grauman
シド グローマンが
チャイニーズ シアターをつくった


Sid, There are not
enough words.
John Wayne
Jan 25.1950

シド、相応しい言葉がないよ
ジョン ウエイン

大男だったが足は小さい

Entertaimentとは何かという答えが見つかりました
遊園地(サンタモニカ)
ディズニーランド
映画
という産業は
観客をいつも、何度も何度も楽しませるながらも、二度と同じものを提供しない
謂わば、毎日、商品の違うものを提供することができる企業のみが生き残れる熾烈な競争であると感じた
(日本は皆で仲良しこよし和をもって尊しとなすで甘い)

Los Angelesから
New Yorkへは
夜行便で移動し
宿泊代を節約する


1992H4年 ニューヨーク  New York - Google 検索

JFK空港に早朝に着いた
ヤミタクシーに引っ張られそうになったが
近くにいたアメリカ人に助けられた


Statue of Liberty
view from ship
女神のクラウンに登るのに
行列で1時間位かかった
螺旋階段をうたた寝しながら登って見たマンハッタンの光景は絶景


     ↑family here
Metropolitan museum of art
メトロポリタン美術館


Central Park
セントラルパークを横切って自然史博物館へ


family here↑
American Museum of Natural History  
アメリカ自然史博物館


American
Museum of
Natural
History

 


Museum of Modern Art
ニューヨーク近代美術館


Washington Square
「ワシントン広場の夜は更けて」と言う
バンジョウの歌を思い出す
 


World Trade Center
中学校の英語の教科書に
Skyscraperのことが
書かれていたのを思い出す
田舎だったので
実際にこの景観を眺めた先生や同級生は少ないと思う

子供達にも見せてやることができて良かった
 


World Trade Centerの
展望台からBrooklyn方面を臨む
手前の橋は
Brooklyn Bridge


United Nations
国連ビル
内部を見学した
 


United Nationsを見学
国連の会議室


Empire State Building
展望台から
北方の眺めPAN AMのビルや
セントラルパークが見える


Empire State Building
展望台から南方方面の眺め
右からハドソン川
エリス島
リバティー島
World Trade Center
が見える


family here↑
Broadway


First son head here↑
Broadway

Les Miserables
Cameron Mackintosh
Andrew Lloyd Webber

New Yorkから
Washington DCへは
Amtrak
電車で移動する


Madison Square Garden
の下にある
Pennsylvania Stationから
WashingtonDCの
Washington union station
 


New YorkからWashingtonまでのAmtrak Time Table

Train#107は
朝9:00NY発
11:59WDC着の3時間

 

 


Ticket
飛行機より面倒でなく
安いと思ってAmtrakにしたが、大人2名子供3名で$241.50
Washington DCへ

人種のるつぼとヨーロッパからの移民の入口を感じますね
自由の女神の下の博物館で、移民して来た人達が後に書いた手紙が展示されていました
国を捨て、言葉も違う、自由の国アメリカへ移民して来て、船から自由の女神を見た時の気持ちや、苦しいアメリカでの人生に、自由の女神がどれほどの励みになったかなどが綴られていました
読んでいて
アメリカの強さの原点を感じると同時に
涙が出てきました


1992H4年 ワシントンDC  Washington DC - Google 検索

予定通り


Amtrak
METRO COACH
超特急と言っていたので
新幹線を期待したが
快速程度だった
でも
東京と名古屋間を3時間と思えば

 


Washington union station
のホーム、後ろから撮った


The White House in 1992


1983年の写真


Washington Monument

備忘記掲載 長女の歯


Washington Monument
の展望台から
東のCapital方面を臨む


Washington Monument
の展望台から
西のLincoln Memorial方面を臨む

 


Smithsonian Institution
Air & Space Museum
リンドバーグが大西洋を
単独無着陸横断した
スピリットオブセントルイス号 - Google 検索
 


Smithsonian Institution
巨大な恐竜
ティラノサウルス


Smithsonian Institution
National Gallery of Art


National Gallery of Art


United States Capital
連邦議会議事堂


連邦議会議事堂の前で
 


Lincoln Memorial
鋭い眼差しで国会議事堂を見つめている。
顔をじっくり見ると
強い意志、勇気
そして何よりも正義と慈愛に満ちた
大人の顔立ちだった

 


私までも身が引き締まる気持ちになりました
 


West Potomac Park
 


ポトマック河畔を歩いて南下する、後ろに見える橋は
Arlington Memorial Bridge
歩いている人は殆ど居ない


Thomas Jefferson Memorial


今から
George Mason Memorial Bridge
を渡ってポトマック河畔を北上し、Arlington National Cemeteryを目指す
2時間以上掛かったような気がする
暑く疲れた

 


Arlington National Cemetery

Eternal Flame &
John Fitzgerald Kennedy
1917-1963
いろんなことが巡りました

InspireさせられたTV映像


Ford Theatre

小さな劇場でしたが
大きな悲劇が起きた


リンカーンが撃たれた席
こんな近距離では
 


President Lincoln died in this room at 7:22 a.m. on April 15, 1865
in The Petersen House

フォード劇場の向かい側


Washington National Airport
ボストンへ飛び立った飛行機からWashington Monumentを臨む

ワシントンDCは民主主義国家という政治の重みを感じますね

Bostonへ飛行


1992H4年 Boston ボストン  Boston - Google 検索

ロスアンゼルス空港に到着し、入国へ向かっている通路で、空港の事務員のような女性が
Mr. S****a message for you.
という声が聞こえてきた
もし
これを聞き逃していたら、サリバン先生に合うことはなく
全く違うボストンになっていた
 


ボストン市街が見える
まもなくローガン空港

 


ハーバード大学の
ロレンスEサリバン教授
ローガン空港まで迎えに来てくれた
フォードの6人乗りに10人乗り込んでボストン市内を案内してくれた


右の高いビル
Prudential Center
52階にある
トップ・オブ・ザ・ハブ
昼食に招待してもらった
ボストン市内が一望できる


Old South Church
ボストン最古の教会


Paul Revere
真夜中の騎行の像と後方にOld North Church
 


 North End of BOSTON
ST. Stephen's Church
 


ボストンから西へ30kmぐらい行ったところにあるConcordにも案内してもらいました
ここを知ったことでソローの
ウォールデン森の生活」を購入して読んだ
まだ本棚にある
(写真とは関係なし)

 


BOSTON TEA PARTY


チャールズリバーの河畔でピクニック
MITの対岸辺りだと思う
MITかハーバードのボート部の学生らしい若者が8人乗りのボートをリズミカルにスマートにのどかに漕いでいる風景を何故か覚えている(写真とは関係なし)


アイスクリームを
バケツ一杯分ぐらいつくる
 


今から庭で
チキンのバーベキュー
 


かなり焦げていたけど
皆で


Museum of Fine Arts
ボストン美術館で堪能
 

 



ハーバード大学内の研究室にあった本を2冊、無理を言ってもらった
 

 


John Harvard像
in
Harvard University

銅像の上に乗るなんぞしたら日本じゃ
アメリカらしい


kids in Harvard


Lawrence E Sullivan
教授の自宅で宿泊


ロブスターを食べようと言ったらRegal Sea Foods Restaurantへ 行くことに
2時間待ちをしてスティームロブスターを全員で食べる
私はマルガリータを2杯飲む
色々お世話になったので私がPay


 
  

ボストンは
LOSや
NY、WDCにはない
穏やかな雰囲気のある都市だと感じた
学術、芸術や建国を担ってきたと言うような自負心みたいなものがあるのかもしれない

Bostonから
Ohio州 Cincinnatiで
乗換をし
Seattleへ




 



1992H4年 シアトル  Seattle - Google 検索

シアトル観光


空港からのタクシーで
シアトル市街を臨む


宿泊したWESTIN HOTEL
 


ホテルからの眺め


ウオーターフロントを散策
水族館や
レーニア山の火山の記録館
などを見学
中国人からコーラを買って飲んだら水を混ぜたようなコーラだった


Space Needleにも登りました

 

シアトルで食べた
ステーキは旨かった

全米1というレストランで
アメリカのVIPやセレブなど
名のある人たちのサイン入りボードがたくさん壁に掛けてあった


飛行機から
マウント レーニア
 
 

LOS
NY
WashingtonDC
BOSTON
を観てきただけに
シアトルはいまいちパットしない感じでした
寧ろ、自然環境を楽しむ所のような州

 

日本へ

 


 

1992(H4)年 LONDON


new oxford street


Regent Street


Trafalgar Square
Nelson's Column


Westminster Abbey
 


Buckingham Palace


Big Ben


British Museum


Rosetta Stone
British Museum
これを見るために来た
この石の歴史というか顛末を中学生の頃、本で読んだことがあって、現物を見ることが夢であった
シャンポリオン
 


Hyde Park
中学校の英語の教科書Lessonにハイドパークのことが書かれていたのを思い出す。ここに来た先生や
同級生は少数だと思う。
百聞は一見に如かず、ですね
 


Royal Albert Hall
Promsを思い出す
エルガーの威風堂々は、私のような日本人が聞いていても歓喜感動し活力気力が湧いてくる。こんな曲、歌詞が日本にも欲しいね。
この国は人をその気にさせてしまう何かを持っている

 


Harrods
色々買い込んだ が
今になって思えば、その場で感じた雰囲気が一番の土産になっている


Windsor Castle
paddington駅で切符を買ってホームへ向かう時、駅員がSloughで乗り換えるよう教えてく れた。
もし、教えた貰えなかったらどうなっていたか?
ウインザーが見えてきた時、隣に座っていた若い女性が今日は国旗が上がっていないので女王が居ないと教えてくれた


Windsor Castle
 

 
Windsor Street
土産店で、もう少し大きいサイズはないのかと尋ねたら
I will come looking for more big one for you.
と言って2階へ上がっていった
懐かしい教科書英語だったので今でも覚えている
が、なかったので、それを買った

日本と同じような島国であるが、内情は大きく違う。
民族や宗教の違いによる軋轢、土地の不毛、不順な天候など。外に豊かさを求めるしかない。
それには頭脳明晰で国に豊をもたらす人材の育成が不可欠だったに違いない


1992年 PARIS


Louvre
小学生の頃から普通に絵を書けば秀作として必ず廊下などに貼り出されていた。他の教科は面白くなく興味がなかった
絵画にはずっと興味があったので、ここにくれて嬉しい、時代時代の歴史を感じながら鑑賞したい
 


venues de Milo
 in Louvre

 


なかなか見れないよ、このアングルは、美人は尻もいいね


サモトラケのニケ


 


モナリザの微笑


orsay museum
右の絵画の前で


ルノアール
モデルの肖像
左の写真


オルセ美術館 睡蓮 モネ

ルーブルの後だったのか、
オルセの印象派には、
絵画の開放、自由を感じた。
写実画がなくなったのには写真機ができたせいでもあるだろう


凱旋門

 

 


La tour Eiffel


ベルサイユ宮殿 鏡の間
 
 

過去の遺産や美術を見て
・専制には遺産があり
・民主には食い潰しがある
と感じた
いずれも一長一短があるが、フランス革命が世界に与えた影響は大きい。
自由、平等、博愛を国旗で示していることは凄い

 

フランス語が分かれば、もっと広い世界を知ることができるとも思った



1987(S62)年7月レンタカーでカナディアンロッキーを走った


1987(S62)年7月家族を乗せてカナディアンロッキーを走った
カナダ、アルバータ州カルガリーCalgaryでレンタカーを借りて、
カナディアンロッキーの国立公園、Canmoreから、BanffJasperまで北上し、Kamloopsを経由して、Vancouverまで
約2000kmを運転し、カナダの大自然を満喫した。
Route Map of Google & Canadian Rockies 画像
当時は詳しい情報もなく大雑把なRoad Mapだけを頼りに行き当たりばったりの旅行でした。
今になって思い出せば、「本当に良くやったなぁー」という思いがあります。長女は5歳でした。
 

カルガリーでレンタカーを借りて
Tans Canada Hwyを西へ向かって走る
緑色の看板の中央に West Banff
直進が読み取れたので真っ直ぐ走った
時差と睡眠不足で、この日は180km位先のCanmoreで宿をとった。

後方は
Banff Aveと
Cascade Mt. カスケード山

Google - Banff

CANADA
Banff town
Banff AveからCascade Mt.を
臨む、天候は曇

 

カナダアルバータ州バンフ国立公園内にある湖、レイクルイズ
Lake Louiseを背景に

CANADA
Icefields Parkway 93
Bow Lake
右はボウ湖
Google Mapで見る

CANADA
Columbia Ice Field view

Columbia Ice Field
氷河の上で

Jasper province of  alberta
朝、Cottageを出発する時

Vancouver
Stanley Parkの駐車場にて
後方はヴァンクバー市街

 

 

 

1983(S58)年、会社の仕事でPennsylvania州、Philadelphia近郊へ
 
1969(S44)年2月 沖縄

まだアメリカの統治下にあった沖縄へ行った。
これが日本を出た、海外旅行の最初である。
カメラを持っていなかったので写真は全くない。
写真はB52戦略爆撃機

ベトナム戦争の真っ只中、アメリカの大国らしさを肌で感じた。
写真はホンダS800
             沖縄旅行の感慨の詳細