過去の備忘記

2010(H22)年の備忘記

2009(H21)年
2008(H20)年
2007(H19)年
2006(H18)年
2005(H17)年

Index
2009(H21)年

11/29 市民の「第九」
11/04 人の生き方について
10/01 ジャン=ギアン
08/08 ミュージカル
06/28 金沢市 兼六園
06/08 ゴーギャン展
05/13 世界金融の潮流と日本
04/09 京都 嵐山
03/26 名古屋大学レクチャー
03/16 田渕俊夫展
03/04 京都 世界文化遺産
01/15 モネ 「印象日の出」

01/11 庄司紗矢香
01/10 ガソリン1Lで
01/05 絹谷幸二 展
01/01 初日の出

2008(H20)年
11/25 立芸術大学管弦楽団
10/31 3rd Granddaughter
10/25 金美齢
10/12 2nd Granddaughter
08/02 東山公園テニスセンタ
07/27 名古屋港
07/26 八事霊園
07/25 中川運河
07/22 ナゴヤドーム
07/12 名古屋大学レクチャー
07/08 隼人池&日赤病
07/02 古文字と中国古代史
06/28 18世紀英国の庭園
06/26 ヤマモモ
06/24 My Yorkshire Terrier
05/28 芥川賞作家 諏訪哲史
05/24 上南交歓演奏会
05/20 つつじ
04/16 源氏物語
03/31 宝塚Me and My Girl
03/07 西洋の美日本の美
03/01 MOA美術館
02/10 ボストン美術館
01/12 ロートレック展
01/09 京都 北野天満宮
01/02 宝塚 紫門ゆりや


2007(H19)年
10/16 神尾真由子
08/24 第5回トヨタ輸送
07/25 小澤征爾音楽塾オペ
07/22 ドルチェ弦楽合奏団 
07/11 浜 矩子
07/07 日本アマチュアゴルフ
05/22 ダリ展
04/10 安野光雅の世界
03/22 シャガール版画展
03/21 上海老飯店
03/21 両洋の眼展
03/21 名古屋国際音楽祭
03/11 NHK 新日曜美術館
03/08 映画 Dreamgirls
03/04 ランの館 MIDLAND
03/02 人間力を育てる教育
02/17 耳順
02/09 日展
01/30 エルミタージュ美術展
01/14 熱田神宮
01/02 新年会
01/01 初詣


2006(H18)年
12/30 映画 フラガール
12/20 中野振一郎のバッハ
12/02 四大浮世絵師展
11/30 スクロヴァチェフスキ
11/29 エルミタージュオーケ
11/28 県立芸術大学 定期演
11/27 ゴルフ愛友会 京が野
11/13 ゴルフ 小原CC
11/03 MIHO Museum
10/11 県立芸術大学定期演奏
07/22 M氏 のHole in one
07/17 茂木健一郎脳と創造性
07/16 國弘正雄アメリカの品
07/15 中坊公平生きること
07/10 Golf 新陽
06/27 Niki de saint phalle
06/25 豊橋交響楽団定期演奏
06/07 ロシア交響楽団
05/25 ゴルフ 青芝会
05/22 映画Good night and
05/15 愛知県美術館木村定三
05/15 水野美術館所蔵の横山
05/12 ゴルフ 愛友会
05/01 ゴルフ シーズン到来
04/29 スキー
04/15 名古屋国際音楽祭
03/31 海 御前崎中田島砂丘
03/26 指揮者 西本智実
01/04
 映画Always 三丁目の
01/01 初詣


2005(H17)年
11/21 ソウル
11/02 徳川美術館
10/02 映画 蝉しぐれ
09/19 EXPO Asia POP
08/07 宇宙からの贈りもの
08/07 東山魁夷展 メナード
07/16 ボストン美術館の巨匠
07/13 EXPO アムール タカ
07/02 講演キートン山田
06/29 知られざる昭和篠田正
05/29 EXPO 青春のグラフ
05/25 名古屋市バス 大人と
05/19 蝉しぐれ 藤沢周平
05/18 ルーブル美術館所蔵 
05/14 祖父になる
05/04 自然をめぐる千年の旅 
04/21 EXPO
04/05 平成の洛中洛外 平山
03/26 宝塚歌劇マラケッシュ
03/04 講演可能性をつくる
03/04 万国博覧会の美術
02/28 上海  写真集
02/15 ロートレックとモンマ
02/12 映画 Ray
02/09 第36回日展
01/03 鍋パーティ
01/01 初詣


12/08 音楽:西本智実 with ミッシャ・マイスキー ラトビア国立交響楽団
12/08 美術:Life art nouveau アール・ヌーヴォーのポスター展
11/18 聴講:Amish 公開講座 Living a simple life: the Amish of Lancaster country, Pennsylvania
11/02 音楽:庄司紗矢香 ヴァイオリン・リサイタル
10/27 美術:あいちトリエンナーレ2010
10/27 展覧:チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ展
10/20 聴講:地球資源問題の現状と課題 中部経済同友会代表幹事 東邦ガス会長 水野耕太郎
10/10 聴講:多様性の伝えかた 名古屋大学
09/01 蜘蛛:待つことの奥ゆかしさ
08/28 観戦:名古屋グランパス 瑞穂競技場
07/13 邂逅: 7/13X7/31=∞

04/21 聴講:橋本聖子 スポーツを通じた人材育成
04/10 美術:ー没後400年 長谷川等伯ー 国宝「松林図屏風」京都国立博物館
03/07 美術:北大路魯山人
03/06 映画:Hurt Locker ハート・ロッカー
03/01 映画:Invictus インピクタス 負けざる者たち
02/18 展覧:大ローマ展 古代ローマ帝国の遺産
02/17 聴講:杉原輝雄 生涯現役
02/03 公演:宝塚歌劇月組公演 ミュジカルロマン「紫子」ーとりかえばや異聞ー
01/11 美術:日本の美と出会う 琳派・若冲・数奇の心

01/02 映画:Avatar


2010/12/08 西本智実 with ミッシャ・マイスキー ラトビア国立交響楽団
感謝
指揮者、西本智実さん(オフィシャルサイト)の大ファンでいらっしゃる女性から、S席のチケットを頂いたので、Audienceになることができました。

一見

2006年3月に、初めて見たときのイメージはあった。
その時も、思ってたのだが、歩き方と男っぽさに特徴を感じる。
控室の出入口から指揮台まで歩かれる歩き方が、兵隊さんのように両手を前後に40度位まで振りながら、ややO脚ぽい歩き方で、静々と言うより、男ぽく(プロゴルファーの池田雄太みたいに)すたすたと歩行する。

今まで高齢の指揮者を見てきたことが多かったからかもしれないが、
西本さんの動きに、若さと、男性に負けない強さと速さ、も感じた。

仕切者(指揮者)

しかし、何と言っても、70余名の西欧人の楽団を、タクト一本で操り、
自分の個性と品格でもって聴衆の人気を得るには、ある種の才能と技量と意思の強さがなくてはできるものではない。
更に、西欧人に負けない知的な美貌が魅力である。(顔は心の鏡)

数百年の伝統と文化の殿堂を自負している西欧人社会の、特にクラッシック音楽界の中で、日本人の女性がタクトを振るということを考えると想像を絶する凄いところがある。

彼女はロシア側からヨーロッパを攻めているように思う。
小澤征爾さんがアメリカ・ボストン・タングルウッド(tanglewood)からヨーロッパを攻めた様に、いつの日か西欧の頂点(ウイーン)で活躍して欲しいと願っている。

いつもの余談
外国へ飛び出し自分を試してみれば、
意外と外人てこんなものか、と思うところもあるし、
人間みんなそんなに変わらないんだ、と思うところもある。

今からの日本のためにも、若い人は西本さんを見習って欲しいし、
僕のようなものから見れば、まだまだ日本も捨てたもんではないなと思いたいところもある。
やはり、
若い人には一歩外に踏み出す勇気が、老いた人には一歩先に退く勇気が、必要な気がする。(進む勇気、退く勇気。登山と一緒だな)

ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」と
アンコールの「美しき青きドナウ」は迫力があり本当に良かった。ヨハン・シュトラウスが1867年作曲した。ちょうど日本は、ちょんまげ、帯刀、着物、袴、明治維新前年である。
そのように思うと、
やっぱし、西欧人は凄い。
作曲、楽器、楽譜、オーケストラ(組織と指揮者)、音楽ホール・・・。(いいものはいいと認める寛容さ)

しかし、日本、よくここまで追い付いた。
「どっさいの犠牲はあリ申したが、維新は必要でごわした」と、理の大久保さんが、情の西郷さんへ言っている声が、私には聞こえてくる。
夏目漱石が草枕で「智に働けば角が立つ、情に棹せば流される、意地を通せば窮屈だ」と言ったように、二人とも智と情を貫き、窮屈に思われてしまったが、
ヨーロッパと肩を並べられる近代日本をつくるために、情を断ち切り、理に働いた志し、
維新の改革で取り残され、行く当てもなく彷徨する人々のことを思い、棹をさした志し、
対極にありながらも、日本人がもつ志し(武士の心)の原型があるように思うのは、私だけではないだろう。
(詳しくは司馬遼太郎先生の「翔ぶが如く」を)


2010/12/08 LIFE art nouveau アール・ヌーヴォーのポスター展
 19世紀末から20世紀初頭のポスターから感じる世相
ここ100年の間に、如何に社会が急成長したかを感じた。
何に、ほとんどすべてに。
ただ残念ながら、その中に、唯一変化してないものもあった。

<大幅に変化したものは>
民主主体の社会になり、大量生産大量消費の構造になった、それに伴って娯楽産業も発達していった・・・

・民衆が中心の社会構造になってきた。
このことで資本主義経済の社会構造が確立し、「働けば豊かになる」と言う考えが浸透し
やる気が出てきた。

・やる気は日々のルーチンワークを改善し、もっと合理的にしたいとする欲求や考え方を生んだ。
生活基盤の改良や機械化が進むことで、産業革命へと結実していった。
例えば、自転車、蒸気機関車、自動車などを利用することで、時間当たりの移動距離が格段に延び、物資の輸送や郊外への旅行も容易になった。(速度化は移動範囲の延長、時間の短縮をもたらした)
更に、ガスや電気などのインフラが整備されたことで、一日の中での時間の延長や自由な時間が増えていった。(余暇の増加)

・自由な時間が増えたことで、多岐にわたる娯楽産業、サービス産業が生まれてきた。
(仕事を適当にし、遊ぶことばかり考えている者も増えた)
芸術、映画演劇、旅行、スポーツ、飲み屋、ムーランルージュ(キャバレー)、・・・

謂わば、第三次産業の台頭である。
(これらを宣伝するために街角に貼られたポスターである)


<余り変化してないものもある>

ただ、デザインとか構成、形は時代が変わっても、そんなに変わるものではないと思った。
それは人間の大きさ(身長体重)、動作(手足)、感性(五感)など、本質的な部分に起因するところがあるからだろう。
クリエーターと言えども人で、環境の変化は著しくとも、人の持っている感覚は100年程度では、そんなに変わるものではない。
ましてや、資源や素材、媒体、レシピなどが大きく変わったとしても、
好みや、扱いやすさ、見た目の美しさなどは、そんなに変わるものではないと感じた。

<全く変化してないものがあった>

全く変わっていないと感じたものが一つあった。
宣伝ポスターの内容は種々様々だが、描かれているものは、ほぼ全てが ”女性” であることに気付き、
このことは何を意味しているのかを考えていて、はっとひらめいた。
100年以上前も、社会の原動力は男性で、購買力は女性であったのだと。

なるほど確かに、美しく着飾った女性が、簡単そうに、楽しげに、振舞っているポスターが多い。
理由が分かったことに悦びを感じ、ニヤニヤしながら、
ロートレックの「歓楽の女王」をジロジロ眺めていたら、隣のレディーから軽蔑の視線を浴びせられたので、
直ちに、いつもの紳士へ戻った。

そういえば、
松坂屋も3、4階までは女性もので独占されている。(女性力=経済力)(男は生産者、女は消費者)

昆虫、鳥、動物・・・、メスのために懸命におべっかを使う哀れなオスの生態を見たことがあるが、不滅の因果だ。(EmitterとCollectorの関係だな)
福岡伸一が書いた「できそこないの男たち」を思い出してもいた。


2010/11/18 Amish
 公開講座 
Living a simple life: the Amish of Lancaster country, Pennsylvania
アーミッシュ Amish
もう30年も前になるが、アメリカ合衆国のペンシルベニア州へ行っていた時、ランカスターLancaster地方のアーミッシュ村を見学したことがある。
と言っても、一般の人に公開しているような所はなく、ましてや彼らは見世物ではないので写真撮影や、じろじろ見られることを嫌っていたことから、村の中の道を通過しただけだが・・・。
彼らは教会を持たず電気や自動車などは一切使わず、農耕や牧畜による自給自足の生活をしていた。黒い帽子を被り、黒一色の服を着て、ひげを伸ばした男たちが見えた。遠くに一頭立ての黒い馬車が何台か走っていた。
16世紀の中世にでもいるような牧歌的な風景と素朴なシンプルライフがそこにあった。

アーバンライフ Urban life
一方、都市部のNew Yoke, Philadelphia, Washington DCでは、高層で巨大なビルが建ち並び、その間を無数の自動車が走リ回っている。それらの中で都市型のビジネスや都市型の生活が営まれ、享受している人達で溢れていた。
20世紀の近代文明の最先端をいくアーバンライフがそこにあった。

私が出会ったアメリカ人の印象は、明るく陽気で礼儀正しく、仕事をしながらも人生を楽むことの方に重心が置かれているように見えた。
それは民族や宗教、風俗、習慣、言語など・・・この国が多種多様な考え方や価値観を持った人種のルツボで成り立っていることに原因があるようで、裾野の広さ、底の深さ、寛容さ、自由さなどにしても、必然的に、そうなったのだろうと思った。
世界各国から移住してきたのだから違いがあって当然、それを認め合って生きていこう、とするような考え方が根底にあるからに違いない。

アメリカは建国200年少々の新しい国だが、そこで生きている人達は波乱に富んだ長い歴史を持った人達である

キリスト教が布教し始めてから1000年が経過したにも拘らず、信者たちの人間性の確立はおろか、ローマ教会の聖職者達はお布施の要求や、免罪符を販売するような行為までがはびこり、聖職者の堕落などに対する信徒の不満と結びついてプロテスタントへと発展していった。

(横道に逸れるが、宗教とは何なのか?)
このことは
1.宗教が世に深く浸透したとしても人間の本姓である性悪説を変えることはできないことを証明し、
2.宗教に携わる聖職者ですら利権にしのぎを削る有様で人間の欲望を拭い去ることができないことをも証明した。
宗教改革で
マルティン・ルターは
キリスト教は良いのだが聖職者が悪かったから改革すべきだと(教科書は良いのだが、先生が悪いから、生徒も悪くなった)
マキャベリーは
宗教で人間を変えることはできないのだから、民族や宗教、文化の違いを認め合い、共生できる社会にするべきだとする考えであった。
謂わば、キリスト教が存在していなかった時代の、人間本来の古代文明を復興させようとする、ルネッサンス運動である。
しかし、
16世紀以降の500年の間にox革命やxo主義の崩壊などが起き、
2001年9月11日のイスラム原理主義過激派による同時多発テロ事件、
21世紀の今もテロや紛争が絶えまなく続いている・・・。
宗教とは何なのか? 人に安らぎや安心、穏やか、平穏、平安、安全・・・をもたらすものではないのか

Bostonへ行ったとき、当時ハーバード大学の宗教の教授だったLawrence E. Sullivan先生に、研究室あった本を2冊、無理を言って貰った。
今も本棚に飾ってある。
 
タイトルからすると宗教の中でも分野が違うようだが
もし上記したようなことを質問できたら、どの様に答えてくれるだろうか?


逃避・移住・移民

原始のキリスト教精神から外れていることに気がつき、カトリックの聖職者に疑問を持ち抗議する人たちがでてきた。
だが当然、
カトリック派はプロテスタントを阻止しようと対立し、プロテスタント派を迫害したり、村八分のような抑圧を加えた。そのため、プロテスタント派の人達はドイツからアメリカへと逃避(移住)していった。(ペンシルベニアにはドイツ系の名前の人がたくさんいた)

アーミッシュについて言えば
原始のキリスト教精神=原始の生活スタイル、で、とする考え方だと・・・推測する。

いつもの余談 Covered Bridge
ペンシルベニアのランカスター地方でCovered Bridgeを見た気がする。
面白い橋があるなぁ〜。多分、鉄筋コンクリートがない時代、木造の橋だと腐って長年使えないので、屋根付きの長屋のような橋にして長持ちさせたのだろうと思った。

今から15年位前に
クリント・イーストウッドが監督・主演した映画「マディソン郡の橋」を観た。
それに、カバードブリッジが出てきた。
物語はアイオワ州だが、
考えると意味が深いと思った。
川というものは色んなものを隔ててしまうところがある。
しかし、橋は川によって隔たれたものを結び付けたり、つないだりしてくれる、唯一のものでもある。
隔たれたものが男と女であったら実にロマンチックになる。
互いがめぐり合い交流し交じり合うことできる唯一の場所である橋、その橋がカバーされていると言うことは・・・。
人目を避けなければならない・・・であったり、
カバー(覆い隠す)しなければならないような・・・であったり。
母親が残した日記を読んで、このことを小説にして欲しいと作家に依頼してできた物語だが、
母親とカメラマンの二人の思い出を見事に物語にした作者と、これを映画化したイーストウッド、
大人だけに背負うものも多く単純には行かない、老マンを見事に表していた。心に沁みて映画館を出たことを今も覚えている。


2010/11/02 庄司紗矢香 ヴァイオリン・リサイタル
聴きながら観て感じる
今日は少し濃いめのピンクのワンピースで足首から下が見えた。
ヒールがそんなに高くないサンダルのような黒い靴を履いている。
小柄で童顔であるため、女学生のようなところは変わっていない。
しかし、いざ演奏が始まると、さすが!と感じさせる。
切れ味の鋭いヴァイオリンの響きが会場全体を圧倒する。

小さな左手の指は素早い動きで弦の上を行き来し、ビブラート部では指を小刻みに振動させている。
小さな右手の指は3本で柔らかく弓を支え、長く伸びた白い腕は上下左右に舞いながら、弓を弦の上で自在に操り滑らせている。
小さなストラディヴァリウスは、それに悶え呻くように、あらわな響きを発している。
小さな頭の中から、その全てが思いのままに指令を発しているんだなと思いながら見聞していた。

人間て本当に凄いですね。
楽譜を見て理解し、ピアノとヴァイオリンの音を聴きとり、左右の手や指は演奏のために独立して完璧な操作をしている。同時にこの動作をしている。
そして何よりも、庄司紗矢香の個性が溢れ出ている。

更に癖が・・・
左向きで演奏しながら、時々眼を45度上方に上目遣をしたり、少し顎を上げた状態で微笑むような顔つきをしたり、口を怪しく開くような癖は相変わっていなかった。

ベートーベンのヴァイオリン・ソナタでピアノとの協奏曲だったが、ピアノの方を少し抑えて欲しかった。
Link to 2009/01/11


2010/10/27 あいちトリエンナーレ2010
下の写真は 愛知芸術文化センターの館内で一番好きな場所です
芸術の多様性とカオスChaosを感じる (COP10と一緒だ)
生物多様性が開催れていることもあってか、芸術多様性を感じた。
作品も同時代Contemporaryを反映して制作素材のレシピRecipeが多様化したことで表現も多種多様さまざまである。
表現はもちろん自由であるが、作品を観ただけでは、何を言いたいのか何を訴えているのかが解りづらく、成熟した社会を反映しているようで混沌とし野に暮れた作品が多いような気がした。

いき
素晴らしいと感動を与えたり、気付かなかったことにハッとさせられたり、成程よくできていると感心させるような作品には、直感的に感じるシンプルさSimpleがあるものです。
芸術の造形でも、達人の動きなどでも・・・完成されたシンプルさがありますね。
以前、
京都の芸妓、孝丸さんが祇園小唄にあわせ舞を舞う姿を観たことがあります。
そのとき、空手の型とよく似ていて、決まっている。スキがないと思ったことがあります。
一つ一つの形に無理や無駄がなく、洗練され尽くされ、役割と意味が繋がり連動している。
実に格好よく美しい、見ている人を唸らせ満足させる。
粋だねとなる。

      名古屋市美術館:建築家黒川紀章の代表作
                                         シンプルでスッキリしていて、好きな場所の一つ

Art is beauty. Beauty is Simple. Simple is art.
本物のArtには「人を魅了させてしまう美があります」
Audienceは年と共に肥えるので、
ArtistやCreatorは細るよね。

魅了させられた時点で勝負あり、この世界も勝敗ですよ。
(Tiger Woodsのswingの美しさと、飛距離、正確さを見ただけで・・・負けたぁ〜)

 


 

 

 


2010/10/27 チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ展
賢者は手段を選び活用する
私たちの文明の起源と言っても過言でない地中海文明に以前から大変興味があって何かにつけて鑑賞したり読書したりしてきたつもりでした。が、カルタゴは隅に追いやられた脇役のようなこともあってか余り知らなかった。
まあ西欧人にしてみれば、自分達の歴史を中心にした物語にしたい気持ちが働くのも無理な話ではない。
(いずれにしても、この地球上に生まれてきたからには、一度は見ておきたい地域です)
以前にも書いたように、地中海は内海で温暖な気候環境が、そして資源の豊富さがあって種々の民族が集まったと勝手に思っています。
だから争奪戦が起きた。
生きていくための餌を捕獲する手段や、異質人との遭遇による闘争などが、文明を発展させ加速させた。
2000年以上も前(日本で言えば弥生時代ですよ)
船から竿で魚を釣っていたり、馬に乗って狩猟犬を使いウサギ狩りをしている様子が、壁画や床などにタイルやガラスの小片を使いモザイクで描かれている。
利便性が高い道具を作る技術、馬や犬など長けたものを利用する知恵を持つものが、支配者へと育っていったのだろう。
謂わば、賢こく能力がある者が勝者となり覇権を握り文明をつくり上げていった。

天才ハンニバルに勝っには?
天才ハンニバルの戦術に関心することもさることながら、負け戦をしていたローマ軍がとった戦略にも感銘を受けたことがあった。
なんだと思いますか?
参考文献が多数出ているので、それを・・・。
そして天才英雄ハンニバルもやがて年と共に勝てなくなって・・・。

印象的な言葉がある
「いかなる超大国といえども、長期にわたって安泰であり続けることは出来ない。
国外に敵を持たなくなっても、国内に敵を持つようになる。
外からの敵は寄せ付けない頑健そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に苦しまされることがあるのと似ている」
ローマ帝国の衰退を示唆したハンニバルの言葉だ。

きっと広い世界観と人間の持つ必然性が頭の中で展開できる男だったに違いない。


2010/10/20 地球資源問題の現状と課題 中部経済同友会代表幹事 東邦ガス会長 水野耕太郎
PCのpower pointで作られたレジュメに沿つて「エネルギー」「鉱物」「水」「食料」を中心に説明された。

<現状>

・地球上で生きていける人口は80億が限度である。

レスターブラウンのプランBでは20年後に80億人、国連の予想では2050年には92億人。

WWF(World Wide Fund for nature)によると、化石エネルギー を80%、自然エネルギーを20%を使用している。化石エネルギーは石油は40年、石炭は120年、天然ガスは60年で枯渇する予想とのこと。

・地球上で開発の余地がある資源としてシェールガス、オリコタール、CBM、サンドオイル、メタンハイドレートなどがまだある。

・日本が輸入に依存している比率はエネルギー95%、鉱物100%、食料60%(カロリーベースで)、水50%(日本は十分と思うかもしれないが食料の原材料を輸入に依存しているため、食料となる植物を国内で 栽培すると水が必要となる、その水を差し引くと)

・原発は世界に400機、日本は30機、全エネルギーの30%を原発でまかなっている。

・エネルギー消費は産業で45%、民生で55%。

・地球上の水は海水が95%、淡水が3%(内、人間が利用可能な水は1%)。

・自給率の高い国はオーストラリア、カナダ、フランス、アメリカ・・・。

<対策>
宇宙に太陽光発電システムを作り電磁波かレーザー光線で地球へ送電する方法もあるまだ。
創(創造)・省(省力)・再(再生)の持続可能性サステイナビリティーsustainabilityでしめくくられた。
 

<私は>
人間は生物ですから食わなければ生命維持ができない。
本能的に腹が減れば食うために何でもするでしょうね。
食料生産、農業、盗み、それに派生したいろんな犯罪が、殺人も、歴史的にみても革命や戦争へと進むことも・・・。

地域によっても違いますが日本の場合、エネルギーの生産は地球誕生46億年前からあるマグマを利用した地熱発電システムに頼るしかないと思っています。
鉱物や水、食料は限界がありますし、最後は、産児制限しかないのではと。
まあ、私がプランBまで生きられるかどうかがあるので、その時代の人に。
子供や孫もいるので、人類いつまでもと思いますが・・・。
 


2010/10/10 多様性の伝えかた
一通のメール
名古屋大学からCOP10の生物多様性に関連するセミナーの案内メールが来た。どうしようかと思いながら内容を見ていると、基調講演に関野吉晴さん(公式HP)の名前があったので、行くことにした。

2002年のインパクト
関野さんがグレートジャーニー踏破のために使用されたテントやカヌーなどの用具や先々での写真の展示会(このHP左側の「探検家写真家医師関野吉晴」を参照)があり、それらを見て凄い、超人的な人だと思いました。
(10年かけて、南アメリカの最南端から北上し、ベーリング海峡を渡り、ユーラシア大陸を通り、アフリカのタンザニアのラエトリまでを、脚力と腕力だけで踏破した)
すぐ写真集や本を買って、その足跡の様子を見たり読んだりすることで、ルートそれぞれのでの国民性、民族性、環境に適合した人々の生き様、考え方の違いなど、いろいろ知ることができました。
比較になりませんが、その凄さを理解できた理由は
私も学生時代、夏休みを利用して自転車で九州一周をしたことがあったからでしょう。他には、数日の日程で中部山岳地帯をキャンプしながら登山したことなど。
大雑把なスケジュールだけで初めての地域へ出掛け、その場その場で対応しながら行程を進んで行くことは、人間の持っている本質、本能のようなところがあって面白く気分が高揚します。が反面、自然の中を自力で移動することはとても大変で、体力もさることながら精神力や行動力、判断力など、いろんなことが必要不可欠です。しかし、そのようなことから多くを学び、学習し、知恵が付いてくるところもあります。(可愛い子供には旅をさせろ!という理由が分かります)
10年もかけて大陸5万3000Kmを脚力と腕力だけで移動した。
そんなことをした人は関野さん以外にはいないと思います。だから、いつの日か是非会ってみたいと思っていました。

対面して
どんなことをしてきたかの略歴を全く知らず、初対面だと。え、この人が、と思うかもしれない。
アグレッシブなところや気負うところは全くなく、格好を付け、いいところを見せようとか、最もらしく喋ろうとするところもない。声は静かで、淡々としている。
言い換えれば、
全くの自然体である。
平然と、あるがままのものを受入れ、自分に波風を立てることなく万全を尽くして、あとは天に任せることができるような人だと感じた。
自身の肩書や名声、キャリアーがあったとしても全く何も通用しない異国の旅先で、そこに住む人達の価値観や習慣、自然環境をそのまま受け入れ、どんな状況にもゼロから臨機応変に対応する能力、柔軟性があったからこそ、グレートジャーニーを踏破することができなかったにちがいないと思った。
Journeyが原点のような人だった。

講演:人類の移動性について
関野さん曰く「最初のころは人間が持つ好奇心や向上心によって人類が移動したと思っていたと。しかし、グレートジャーニーを踏破してみて、そうではなくて弱者が追われ逃避した旅だったのだと思うようになったと。
しかし、追われたり逃避した人々が、弱者のままヒッソリと暮らしたかというとそうではなく、異境で開拓し生きていくためには体力や知恵なくて生き延びることはできない。
滅びる弱者もたくさんいただろう。が、切磋琢磨するうちに弱者が強者になっていった。それにより新たな移動が生じたり強いられたりもしただろう。そのようなことが繰り返され人類400万年の旅になったに違いないと」
私も以前からそう思っていたのでピピと旋律があった。
日本でも平家の落人(争いに負け逃げた)などが人里はなれた山間に集落を作ってヒッソリと暮らしたんだと、そんな話を小学校ころ聞いたことがある。
(書籍や文献で読んだことだが)自由を求めアメリカへ移住した移民たちの理由も、生きていくため、自分の意思を守るため、思想や行動の違い、受け入れ難い価値観の違い、人の持つ相性の違いなど多岐にわたっている。
ハーバード大学のサンデル教授の哲学ではないが、長いものに巻かれえて生きることは弱者か強者か、損得勘定に秀でた者は悪人か善人か、森に居残った猿と未開の地へ踏み出した猿どちらが幸せかなど・・・。
使うもの使われるもの、支配するもの支配されるもの、勝つもの負けるもの。好きだ嫌いだ、希望や絶望、・・・。
すべての多様な生物には、引合ったり反発したりする二極化の哲学が原点にある。

講演:「銃・病原菌・鉄」という武器
作家ジャレド・ダイアモンドさんが書いた「銃・病原菌・鉄」が1998年のピューリッツァー賞に輝いている。
このHP左側の「本で知る」を参照
この本のことも話しに出た。
ユーラシア大陸の民族は家畜と接することで動物がもたらす伝染病(コレラ、チフス、ペスト・・・)に対する免疫力が発達した。
しかし、南北アメリカ、オーストラリア、アフリカは家畜と接していなかったので免疫がなかった。
だから、ヨーロッパ人が他民族と接したとき病原菌は銃や鉄と同じように武器の一つとなったのだと。
ただし、梅毒は人間が原因の感染だそうです。
家の家畜(ペット)が死んだりすると家族の身代わりになって死んでくれた。というようなことを小学生の頃、母からなんどか聞いたことを思い出した。
昔からの言い伝えなのだろうが、関連しているかもしれない・・・。
私のところにいるヨークシャーテリアは武器を持ってはいないが散歩(移動)などで他の犬に遭遇すると二極化の哲学的な現象が起きる。
すべての多様な生物が二極化になる原因は、生存の維持と自我による葛藤が原点にある。

生物多様性とは
地球は動植物すべてが関わり合っているから共生しようと言うことなのだろうが、2軸の損得勘定が入っている。
しかし、いずれにしても食料やエネルギーの枯渇問題もやがて来るだろう。
宇宙へのグレートジャーニーはない。
地球上で生きていくためには、人間の英知で世界人口を定め、産児制限をするしかないと思うが、2軸の争いが・・・。

自分で考え、自分の言葉で話し、行動することの哲学が原点にあれば・・・何とかなるだろう。


2010/09/01 蜘蛛 待つことの奥ゆかしさ
凄い奴がいる
今日も直射日光をまともに受けると、36度を超えていた。特に斜め横から照らしつける西日に、ヨーキーくんとの散歩も、日が沈んでからにしたほうがいいなと思いながら、窓越しに外を見ていたら、ふと、凄い奴がいることに気が付いた。
36度の直射日光をまともに背中で受け、水も飲まず。熱中症にもならず。ジーとひたすら餌になる虫が引っ掛かるまで、この暑さの中、静かに、文句も言わず、待ち続けている姿が、実に印象的だった。
(宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」を思い出す)

蜘蛛の巣は
オーシャンブルー(別名朝鮮朝顔)の弦と、ブーゲンビリアの枝と、月桂樹の枝を巧みに利用し、直径70cm位の巣が、南西方向を面にして幾何学的に、均整のとれた円形の形で作られ、強い西日を受けてキラキラと光っていた。

夕刻の強い風の影響で
弦や枝が大きく動くと、巣全体がそれに比例して上下左右に大きく伸び縮みし揺れ動くが、柔軟に対応している。風の方向によっては巣全体が凹凸に湾曲したりもしている。
蜘蛛は自分が作った巣に絶大な自信と信頼を持っているのだろう。強風に揺れ動く巣の中央で恐れることもなく一緒に揺れ動いていた。

近づいて観察すると
胴体は小さな毛虫二匹が縦に並んでいるような形をしている。肉食系で有るだけに獰猛な歯が見える。4cmくらいの細長い8本の手足が伸びる胴回りや、糸を製造貯蔵する腹と糸の出口辺りは、我々が普段目にすることがない異様な形と色をしているため、手に乗せて可愛がるにはチョット抵抗がある。獲物が引っかかった時に、最短距離で獲物に襲いかかることができる中央で待機し、何故か頭を下にしている。

しかし、頭は良いと思う
以前、巣作りの作業現場の様子を見ていたことがある。まず虫を捕獲しやすい空間を選定し、周りの木々の枝などを利用し縦横、放射状にWorld Wide Webに繋ぎ合わせる。その後、外周から円形に内側へ向かって渦巻き状に繋ぎながら製作していく。放射状の糸と渦巻き状の糸が絡み合い、均整のとれた美的な紋様に仕上げる。しかも本来の役割を果たすよう、一度獲物が引っ掛かると絶対に逃げられない粘りと強さを持って空間を網羅している。
(最初の企画、設計がキチッと出来ていて、製作力と実務力も上級だ。人間なら間違いなくExecutive Producerになるだろう)

時々、風に飛ばされた小さなゴミが巣に当たると
瞬間的に8本の手足をバラバラに動かしてTargetへ直線的に向かうが、糸を踏み外し、バタついたり転んだりするようなことはけして無く、俊敏に糸の上を移動し獲物へ襲いかかる。が、ゴミだと分かると、直ぐさま元の位置へ戻り、獲物に悟られないように周りの風景の中に溶け込むように同化し、鎮座する。
(もしオリンピックで糸の上を走る種目があれば、間違いなくGoldを受賞するだろう)
ひたすら偶然的な成り行きを待ち続け、引っかかった時には一気に襲い掛かる習性はやはり弱肉強食の生物だ。
(気質は虎やヒョウのような気がする。人間なら、E.P.に加え、忍耐力、行動力もあるため、間違いなく歴史的Leaderになるだろう)

夕食を済ませ薄暗くなった外にでてみると
心地良い風が流れている
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」ではないが、秋を思わせる風を感じる。
(この歌はきっと夜半のころ読んだに違いない。万葉の人は粋ですね、秋を紅葉ではなく風で感じるとは)
巣を見ると、餌が引っかかっている様子はない。
きっとLeaderは空腹に違いない。
そう思うと可哀想になり、何とか助けてやりたいという気持ちになった。
「飛んで火に入る夏の虫」が頭に浮かんだので、窓側に電灯をかざして夏の虫が巣に引っ掛かり易いようにしたが・・・。
(Leaderらしく、Appreciateの言葉はなかった)

発見するということは、新しいモノを見つけることだけではなくて、新しい眼でモノを見つけることでもある。
山の中の田舎で育ったので、蜘蛛の巣は野山や家の中でたくさん見てきたが、待つことができること、について感じさせられたのは、初めてだった。
私たちは生まれて間もなくから、立てば歩めの親心の中で、いつも早く早くと追い立てられたり、社会の中でも何かにつけて競争や素早さを強いられ、急がさせられたり、焦らさせられたりしてきた。自身でも、何かから早く逃れたい、早く終わらさせたい 、早く達成したいというような意識が働いてしまうことが、今でも日常茶飯事におきている。
待つことができるということは凄いことだと、この年になって感心している有様だ。

一匹の小さな蜘蛛からでも、いろんなことに気付かされ、教えて貰う年頃になった。遅いなぁ・・・。
(我々にも「待てば海路の日和あり」のような、いい言葉があったのだが・・・ついつい)

龍之介の「蜘蛛の糸」のように一本の蜘蛛の糸で人心を感じるには、まだまだ年を重ね・・・。
だが命のほうが、待ってくれないだろう。

(次男の嫁さんになる人が、結婚は1年半位先だと言った
待てない人はたくさん見てきた
待つことができる人は、どんな人かと思っている時に
蜘蛛が目に入り、「蜘蛛 待つことの奥ゆかしさ」を表題に、この文面になった)
 


2010/08/28土 名古屋グランパス  瑞穂競技場
動機は
TVのスポーツニュースでグランパスが1位をkeepし、明日の試合は瑞穂競技場で云々・・・が聞こえてきた。何故か分からないが、今日に限って観に行ってみようかという気持ちが湧いた。
そういえば、まだ一度も競技場で観たことないし、瑞穂競技場はすぐ近くだし、ということで27日の23時ローソンに行ってチケットを購入。
(前売りは500円安い)

現場は感動
標高の高い山の頂上から見渡すと視界いっぱいに山並みが幾重にも重なり広がっている風景や、瀬戸内の島々がシルエットになって夕日の彼方まで浮かんでいる光景に感動したことがある。スタジアムの雰囲気はそれに似ていて、どんな大型TVで映し出したとしても、その臨場感を映像で伝えることはできないものだと感じた。
現場に行くことの意味は、そこでしか感じ取れない感動があるからだ

周りは
そこにあったものは、若者達のPowerやEnergy Passionの凄さである。私にも確かにあのような時代があったと思い出したが。
(還暦を過ぎたような白髪の爺さんは、何度も周りを見渡したが居なかった)
考えると、我々のような世代は、若者が明るく元気に前向きに励める場を提供してやることが役割ではないのだろうか、とも思った。
ある時期が来たら、次の時代を担う若者に任せ、爺さんはさっさと引き上げる。(藤沢周平の作品、三屋清左衛門残日記、あれだよね)
長寿国は経済成長を抑制させているかもしれない。

ゴール
ゴール前でいくつものシュートや、それらしい行為がなされたが、確率的に見れば、About1/20、1/30のマグレで決まってしまうようなところがある。謂わば、Audienceは滅多にしかあり得ないようなことに期待したり、夢を夢見るところがある。それは我々人間が持ち合わせている気質の一つなのかもしれない。

また、いつものように横道に逸れるが・・・
この気質によって人類は発展もし、多くの悲劇や喜劇をもみてきた。
最近ではスーザンボイル(YouTube音声と動画)さんが稀に見る夢を現実のものとした。
彼女が歌ったI dreamed a dream.や、Who I was born to be.の歌詞も人間のテーマそのものだ。
人間のテーマと言えば、シェークスピア劇などイギリス文学の真髄とするところでもある。
やはり、人生はゲームそのものかもしれない

して今日のゲームはGRAMPUS1−0で勝利し首位をKeep。


2010/07/13土 邂逅 7/13X7/31=∞
連れてくる!
と聞いてから、いろいろ想像しながら、その時が来るのを本当に楽しみにしていた。
その日がくるまでの間、自分のことを振り返ってみると、
自分にも36年前こんな日があったんだと思い出した。
きっとその時、お互いの両親も、興味津々どんな相手なのかと期待と不安の中で、子供を信じながらも、心踊らせていたに違いない。
このような訪れに、親はどのような思いを巡らせていたのかを体験させてくれて、私も幸せである。
そう、また2040年のころ同じような訪れがくれば、今の私の心境が分かるかもしれない。
親思う心に勝る親心
新たな世界へと子供が巣立って行く(行った)ことに、親は親なりに子は子なりに感じるところがあります。
そんな心情を歌った曲を思い出したので、
それと当時、
故郷を離れた私をいつも気遣ってくれていた母のことを、ついつい思い出してしまったので。2曲。

・さだまさしさんが作詞作曲し、山口百恵さんが1980年芸能界引退最後のステージで歌った「秋桜
 注意:Youtubeなので映像&音声がでます
・それと、さだまさしさんがシンガーソングライターとして1977年25歳の時に発表した「案山子」です。
 

二人共、心豊かな感性を持ち合わせているからきっと気に入ってくれることだろう。


2010/04/21 橋本聖子 スポーツを通じた人材育成
違う
オリンピックに出て、メダルを狙うような人は、違う! 
自分の限界を超えるような過酷なトレーニングを毎日毎日続け、これでもかこれでもかと自分を鍛え上げることで、他の誰にも負けない練習を自分はやったんだから負ける訳がないと思うようになる。
内外の競技に挑戦し勝つことで、自分の位置を知り、
自信をつける。
だからこそ、世界から集まってきた精鋭達を相手にしても、勝てるチャンスがあると思う気持ちで、競技に臨むことができるに違いない。

共生
それと、北海道という厳しい大自然の中で、幼い頃から必死に生きる両親の姿を見ながら、周りの家畜や植物の生命の姿を見たり関わってきたこともあるのではと感じた。
私達が美味しい美味しいと言いながら口にしている鳥や豚や牛の肉、野菜にも、一つ一つの生命があり、モノ一つ言わない彼らの生命を奪うことで生きていける私達がいることも話しに出た。
それらの生態系の中で我々が生きていること。
体験から学んだ言葉で語られただけに、心で共感するものがたくさんあった。

この地球上にはいろんな生物がいるが、自分の意志と意欲で何でもできるのは人間だけであると言いたかったのではと思った。


2010/04/10 土
ー没後400年 長谷川等伯ー 国宝「松林図屏風」京都国立博物館

水墨画の最高峰
といわれるだけに現物を目の前で観ることができ本当に良かった。
松の木は禿山に孤高に立っていたり、砂浜に連なっている風景が一番絵になると以前から思っていた。

松林で思い出す
子供のころ海水浴に行った光市の虹ヶ浜や、学生のころ見た唐津市の虹の松原などを思い出すが、日本各地の浜辺には防風林として松がたくさん植えられていて親しい樹木である。
海から絶え間なく吹き寄せる強い潮風や寒風、風雨や風雪を直接受け止めるだけに、砂地に深く根を張り、枝は紆余曲折し、松葉は針のように固く尖っている。
しかし、朝夕の凪(なぎ)になると、かすかな波の音だけが規則正しく聞こえるだけで、辺り全体は静寂な空間に包まれる。

鑑賞
松林図屏風の前にたって観ていると、まさに凪のような時間と、水分を含む霞んだ空間が松を覆っている。等伯が七尾(石川県)から上洛のとき、小松市辺りの朝靄がまだ残る静かな浜辺から見た風景に違いないと思った。(左隻の右上に見える山はきっと白山だろう)

無心・無我しか伝わってこない
等伯は京都で利休や秀吉を施主としたが波乱万丈に満ちた人生を歩んだ、晩年のころになって静かな時間と穏やかな気持ちの中で、ふるさと石川の浜辺を思い浮かべながら、
自分のために
、この松林図を描いたに違いないとも思った。


2010/03/07日 北大路魯山人
豪快で大胆
篆刻、陶芸、書、絵などの作品が並んでいる。それらの作品を眺めていると、ある種の人物像が浮かんできた。
自分なりの審美眼を持っていて、あくまでも自分流を通すようなところがあり、定型や慣例に従わず、大胆なやり方をする、言わば型破りで、然も大木のような太さを感じさせる。
映画、座頭市で有名な俳優、勝新太郎のような、そんな男だったのではないかと思った。

近くに八勝館という魯山人ゆかりの高級料亭がある。ヨークシャーくんと散歩で、よく玄関前を通るが、分別がないので門柱にマーキングをしないように気をつけている。


2010/03/06土 ハート・ロッカー
これが戦場の現実だよ
戦争映画はいろいろと観てきた。Heroがいたり、作戦が成功したり、戦争による別れや悲劇などをThemeにしたものなど・・・。
しかし、Hurt Lockerは今のアメリカが抱えるイラク戦争の、戦場における現実を映像化した作品だと思った。(これが現場なんだよと・・・)

爆弾処理班の行動の一つ一つが、生か死に直結している。
迫り来る制限時間に追詰められる状況の中で、敵なのか味方なのか、兵士なのか一般市民なのか判断しにくい状況の中で、素早く然も適確な判断が要求される。
敵との遭遇での生々しさや、緊張からくる心のアンバランス・・・。
イラク戦争の過酷な戦場の有りの儘を映像化したようだ。(アメリカ国民はどう受け止めるか?)

アカデミー賞の作品賞に選ばれた! 興行成績が一番だったとかで選ばないところがいいね。
Avatar優位の論評が多かったが・・・。
Hurt Lockerは、イラク戦争の下で今も戦死者が続く戦場の現実を表現した。
それを真摯に受け止め評価したのではないだろうか。

アメリカの底の深さ厚みを感じるね。
それにしてもキャスリン・ビグロー監督は女性で(初めての女性監督で受賞)、然もジェームス・キャメロン監督は元夫、
元夫婦の対決にアメリカの底の厚みを感じますね。

さすがアメリカ。実力社会。
老若男女、民族、光と影を問わず、評価し選ぶところは、アメリカらしく好きだ。


2010/03/01月 インピクタス 負けざる者たち
またまた映画で教えられました
私なんか、対立する相手に対しては、相手をネジ抑えるようとする気持ちが先立ちます。
このことは単純で短絡的で場当たり的な対応なのでしょう。
でも、対峙しないで黙って引っ込んでしまうと、負ではないか思ったり、周りの人にそう思われたくないと、思ったりします。人の心でもあります。

人間2人以上になると、いろんな騒動が起きるものです
私も今までに幾度も遭遇してきました。
そんな時、いつも思い出す情景がありました。
子供の頃、田舎で母が飼っていた鶏たち(ニワトリ小屋)や、犬たちの争いです。
今飼っているヨークシャテリアも散歩をしていると、いろんな犬に遭遇します。(形相を変え大きく吠えた犬の方が負け犬です)

勝つことの意味、負けないことの意味の違いは
この違いがわかっているマンデラには・・・。(27年もの間、狭い獄中で生き抜いた強さがあった)
そして、赦すことができると言うことは・・・、負けていないから赦せる

南アフリカ共和国の大統領になったネルソン・マンデラの偉業、その志を見逃さず映画に仕上げ、世界に発信した名匠クリント・イーストウッド監督、
いずれも負けざる人物です。

また、横道に逸れるが
ルバング島で29年間生き抜いた小野田寛郎さん。負けていなかった。NHKで放送した「生き抜く」実に良かった。


2010/02/18木 大ローマ展 古代ローマ帝国の遺産 写真はアウグストゥス
地中海文明が起源となって
我々の法律、文学、宗教、芸術、それらの源はすべてギリシャが起源となって、
それに憧れたローマが、それを継承し西欧世界へ広めていったと西欧の歴史書に書いています。
後のルネッサンスやヨーロッパ文化、産業革命と続き、世界各国の発展に寄与したと私も思っています。

では、どうして地中海で発展したのか?
ここからは私の推測ですが、
ヨーロッパのイベリア半島とアフリカ北端のモロッコに挟まれたジブラルタル海峡は僅か20kmしかない。
所謂、地中海は出入口の小さい内海であったため、波穏やかで気候も安定していて、魚介類も豊富に捕れ海上交易も容易かった。(内海で豊潤と気候、位置が幸いしていた)
住みやすければ人が集まる。人が集まれば争いが起きる。
ローマ、ギリシャ文明よりも以前の、地中海東岸のエルサレム辺りの神話や宗教的対立などから(今も続いているが)殺戮、戦争へと発展し、支配と統制を主体とした社会へと進んでいったのではないだろうか。

Master&Slave
ローマ人以外の大半の民族は奴隷や兵士として牛馬の如くこき使われ、日々の生産や、文明のための建築建造に駆り出されていたに違いない。
文明とは人間の欲望と恐怖に、知恵(ソロモン)が結合して生じた、ある種の文化だ。
今でこそ少し落ち着いてきたが20世紀までヨーロッパは戦場でした。

我々は、ついつい文明の光の部分を観て感動するが、文明には大きく深い影の部分も共存している。この部分を見逃がしてはならない。


2010/02/17水 杉原輝雄 生涯現役
誠意、良心、責任は才能より勝る
人は自分をよく見せようとしたりするものですが、屈託なく無理なく自分の本心を語れる人は、自分に強い自信があるからか、自分に素直な人だと思っています。
杉原さんを見聞きしていると、素直で自信がある人だと感じました。

勿論、自信を持つことは並大抵のことではありませんが
ゴルフが好きで仕方なかったから、必死になって努力もされたのでしょう。
が同時に、人としての真面目さや、明るさ、頭の良さというようなものを、杉原さんに感じた人が、多かったに違いないと思いました。

そして、若干25歳、日本オープンという大舞台で優勝する運も貰ったことで、もの凄い自信になったに違いありません。
本人も仰っていましたが、この優勝がなかったら今の自分はなかったと、
人が、なかなかやれないことをやったことで、自信を持っことの意味が分かります。

人は如何にして自分に自信を持っかで、人生は大きく変わりますね


2010/02/03水 宝塚歌劇月組 公演 ミュジカルロマン「紫子」ーとりかえばや異聞ー
多分、8割近くが女性の観客でした
物語や衣装、セリフも、それに合わせたかのように、女性の心に沁みてくる仕掛けがふんだんに盛り込まれていました。

若さ、お客様第一主義
しかし、一日2度の講演をこなす体力は、若くなければできないなと。
そして、いつも感じることなのですが、主役と脇役、それぞれが自分の役を演じきり、お客様を楽しませようとする組織力は見事なものです。
やはり、青春の一途さというか、女性の素直さ、健気さのようなものを感じます。

感動を貰い
気分を新たにさせて貰い
明日へのエネルギーを貰えました。

いつもの余談ですが・・・
昨年末、映画”This is it”を見てMichael Jacksonは天才だったと思いました。
エンターテイナーとして観客を感動させることは当然ですが、それだけに留まらずマイケルと一緒に舞台に参加した仲間や、同業者たちをも魅了させてしまうところです。
とてもマイケルには敵わない、真似できないと感じると、マイケルと一緒に仕事をしたい、マイケルの側に居たい、と思うようになったのでしょう。
マイケルには、そんな超人的なAura(雰囲気)みたいなものがあったに違いありません。
一つの時代を颯爽と生きたGeniusだ!


2010/01/11月 日本の美と出会う 琳派・若冲・数奇の心
 細部までよく観察をしているのは当たり前かもしれないが、それに動きと言うか仕草を上手く捉えていて漫画のような面白さがある。
更に、複数の対象物があった時、立体感のない平面的な二次元の世界の中にone of themとして描かれている。所謂、Focusされた中心的な対象物がなく、立体感もない。

3Dで表現しようとする時代ではなかったかもしれないが、片目を閉じて見ると遠近感や距離感がなくなってしまう、あの現象である。

きっと若冲は、人の世の姑息で、細々しい、つばぜり合い的な煩わしさを、片目つむって見ていたかった、のかもしれない。


2010/01/02土 Avatar
CG、3Dが素晴らしいだけではない!

I see you.
という言葉が要所要所に出てくる。
簡単な言葉だが、深い意味があると思った。
今の世の中、世界的に「相手を見ること」が少なくなっているに違いない。
文明の発展によってメディア、Internet、携帯、メールなどが普及し、家族や友人など、お互いが向き合って、相手を見ながら話しをする機会が少なくなっている。
我々はお互いを見ることで状況や状態を感じ、認知し合っていることが多い

もう一つある、欲望による破壊(自然や動物、植物、人間)
物語全体の根底に流れる展開は、人類が文明や営利のために犯してきた破壊である。それが地球だけにとどまらず、惑星Pandora(この命名にも感心する)の世界まで及んでいくこと。人間の欲望と達成感、使命感などはカルマ(業)にも通じるところがあり、人間が持っている覇気とか活気、気力などの気質の対比や、動植物たちの対決によって、人類にとって今、何が一番大切かを訴えている。
Climate Change
近年、地球環境破壊でClimate Changeが叫ばれているが、まさに人類の果てしなき欲望の果てを、映画を通して言いたかったに違いない。
秀作中の秀作だと感じた。

映画は先生
さすがJames Cameron, Clint Eastwoodとともに映画界の双璧だ。
中学生の頃から映画が好きで多くの作品を観てきた。それによって多くのことを教えてもらい学んできた。
映画は私にとって先生です。これからもずっと師を追っかけて行く事でしょう。

※Pandoraは
ギリシャ神話に出てくる人類最初の人間の女性で、Pandora Boxは
ゼウスがすべての悪と災いを封じこめて、人間界に行くパンドラに持たせた箱。パンドラが好奇心からこれを開いたため、あらゆる罪悪、災禍が抜け出て、人類は不幸にみまわれるようになり、希望だけが箱の底に残ったという神話
このあたりも実に上手い。(好奇心旺盛な女性には気をつけ・・・)