2017.12/16 腎臓の働きと形

名古屋大学総長の講演であること
老いて部位に関心がでてきたことで出席しました

しかし
少し話を聴いていて驚き感心しました

会社で言えば社長ですが
総長を辞しても
翌日から
名古屋大学病院の
医師として現場で働ける人だなと思いました

理由は
総長だと言うような振るまい口調もなく
医師として研究された腎臓の話が
医者として患者にたいする説明責任のように
しっかりできていて凄く解りやすかった
このような人を主治医に持てば安心です
だから総長なのかもしれない

と同時に
人は何か一つの専門を持っていることが、如何に大切かも分かりました

人間の体は情報交換をしてシステムで機能しています
腎臓も一つの役割を担って日夜片時もなく働きながら
脳下垂体のホルモンで体全体の状態をコントロールしている
腎臓だけ勉強すれば良いというものではなく
人の体、全てを勉強しなくては本当の医師にはなれないと思った

クロード・ベルナールのホメオスタシス
には納得しました

数十億年と言うような時間が掛かって作られた人間
壮大なドラマを感じました

NHKスペシャル:腎臓が寿命を決める
 

2017.12/12 越境文学から教養小説へ  講師:土屋勝彦 

演題の意味がよく分からなかったが出席

聴いているうちに
今まで考えたことのないような内容だった

日本のような島国文学ではありえないようなこと
すなわち
ユーラシア大陸の国々で生きた作家の
ジレンマのような話

故郷は何処、母国語は何語、私しのアイデンティティは・・・

幼少の頃から親の都合で移動してきた文学者、作家たちが
生きてきた時代を背景に翻弄され
英語、ドイツ語やフランス語のようなメジャーな言語と
小国、少数民族のマイナーな言語と・・・

「おわりに」纏められた文章を、そのまま記載されてもらう
・文学は、他者の精神世界を追体験することで自らの世界観や価値観を揺さぶるとともに、現実への既成の見方を変容させる
・越境文学は他者性を自覚し、異文化との衝突によって、自己像を再構築する。獲得言語による新たな表現を開拓し、既存の国民文学を揺さぶり挑発する。偏狭なナショナリズムへの反抗が見られる
・教養小説が国民性の規範を形成する啓蒙的な要素を持つ一方、越境文学は逆にその規範性を批判する側面がある。しかし解体と再構築というプロセスにおいて、教養小説の再評価ともなる
 
日本で生きてきて日本しか知らない私からすれば
カズオ・イシグロのような作家を思い出したが

19〜20世紀をヨーロッパで生きてきた人々にとっては
越境、異民族や宗教の衝突で心が常に不安定なものだったに違いない
今も、今からも続くだろうが
文学にかぎらず
富岡八幡宮殺傷事件、エルサレム、NYCテロ・・・・
内は内で、外は外で、争い苦しむのが人間なのかもしれない
 

2017.12/09 フラメンココンサート

日本の和楽や能のようなものとは対照的です

エネルギーの塊みたい
それと
唄、ギター、踊り、それぞれが独立し
個性丸出しでありながら
調和がとれている

スペイン人が持つ
闘牛
牛追い祭り(サンフェルミン祭)
インカ帝国の虐殺
歌劇カルメン ?
など
気性の激しさのようなものを
感じますね

愛知万博の時
スペイン人によるフラメンコを観ましたが
迫力がありました
男も女もスタイルが良くてカッコいいしね
しかし
若くなきゃあできない踊りです
  

2017.12/07 まるごとファゴットとピアノ厳選

名フィルの首席ファゴット奏者
ゲオルギ シャシコフと
フィッギボンズ由美子のピアノによる
二重奏だったが
馴染みの曲でなかった
まあ
ポピュラーな曲というものは
1/1000位なパーミル‰の世界なのだろう
それでも
最後の曲で
ヴィットーリオ モンティのチャルダッシュ
は何度も聴いたことがあって
ファゴットとピアノで聴くことができ凄く良かった

名曲として流れる曲と
そうでない無数の曲を分ける
人の好み、その違いは・・・
 

2017.11/29  ヴィオラで聴く歌謡曲

やはり
青春時代に聴いた歌謡曲は
懐かしさと
染みついた歌詞や曲が
心地よく
安心できます
「悲しくてやりきれない」フォーク・クルセダーズ
「時代」中島みゆき
はよかったな

感受性の強いころ
色々楽しんでいてよかったなと思った
  

2017.11/28 再興第102回 院展

岡倉天心が鑑賞したら
喜ぶと思いますよ
甲乙つけがたいし
凄く上手い
だが、北斎や広重のような
惹きつけるものがない
松村公嗣 舟唄 気に入った
ベネチアから太陽が輝いている大海へ漕ぎだして行く
何かコロンブスを彷彿とさせるような
冒険者を感じました

後で解説文を読むと
「朝日が昇り始める頃、その光の中に消え去っていったゴンドラ。水面の光が目を開けていられないくらいまばゆかったです。イタリア、水の都ベネチアの何でもない運河の風景であります。心なしかゴンドラから舟唄が聴こえた気がしました。」
 

2017.11/26 音楽の旅 早すぎた速達便!

電子オルガン、サクソフォン、パーカッションの
組み合わせで
馴染みの曲が演奏された

歳のせいか
テンポの良い
忙しそうな曲よりも
ゆったりした曲のほうが
性に合うようになってきた

中でも、「川の流れのように」が一番
響いてきた
それと
歌詞ですね
年齢を重ねてきて老境を感じる

鴨長明を思い出しながら聴いていた
 

2017.11/25 生物 人 自然の調和を考えるにあたって、樹木のこと、雑草のこと

@「森林における樹木の生き様:温帯から熱帯まで」
A「人とかかわって生きる雑草:しぶとさとあやうさのわけ」

生物の生き様に違いはあるものの
本質的にはすべて一緒であるが
環境によって、その様がちょっと違う
その環境を破壊しているのが
人間である

人が生きていくために、合理的に、生産性を上げるために、儲けるために
その犠牲になっている生物がいることが
よく理解できた

いつの時点でか
最近流行りの言葉で言う
シンギュラリティSingularityが
人間に限らず
自然にも影響するだろうと思った
  

2017.11/10 科学館プラネタリウム アンドロメダ銀河

プラネタリウムに一番近い席に座る
金地のCarlZeissカールツァイスが読み取れた(ドイツ製だな)

始まる前、スメタナの「わが祖国」が流れたが
何の意味かわからない

何でこんなにあるの
というくらい星だらけ(ギリシャ時代だ)

アンドロメダ銀河まで230万光年のところに有り
天の川銀河と50億年後には衝突し一体となってしまうとのこと
だがそれ前に
太陽が燃え尽きるとも
壮大な解説を聴きながら天空が明け方になって終了した

今年は宇宙に関する本をかなり読んだ
・真空であること
・電磁波が飛び交っていること
・重力が限りなく働いていること
・元素(原子)が渦巻いていること
まだまだ謎だらけであるということだけが分かった

ただ地球は奇跡的な偶然でなりたったと、思うようになった
 

2017.11/04 遺跡出土資料から見た動物とのつきあい
 新見倫子(名古屋大学博物館)
縄文時代から人はイヌとの付き合いがあったとのこと
私もヨークシャー・テリアと
16年近い付き合いがあっただけに
聴き入ったが
必ずしも今で言うペットではない

敗戦後、3、4歳のころ
村で犬の肉が配給されてきて食べた記憶がある
肉が手に入らない時代だった
その後
鯨の肉やピヨコを買ってきて育て最後は食べた(卵を産まなくなった老鳥を生き埋めにして)

今の時代は専業化されて殆ど知らないで食べているが
生き物を殺して食べて生きなければならない
生きていることには大きく深い意味がある
 

2017.10/21 古代アンデスにおける農耕と社会変化

環境が人をつくる
当たり前のように言う人は多い
だが
環境とは何か、どのように違うのと問うと
窮する人は多い

まさに西欧の研究家が
ユーラシア文明に照らし合わせて
勝手に解釈していた

アンデスは直角の文明である
海から一気に7千b級の高山に生きた
人々の文明は甚だ異質なものだった

ジャレド・ダイヤモンドが書いた「銃・病原菌・鉄」を思い出した
メル・ギブソン監督の映画「アポカリプト」も思い出した
 

2017.10/14 魅惑の歌声

小学唱歌は今も記憶にあって
染み付いているというか
寄生してますね
私と同世代のような聴衆が大勢でしたが懐かしそうでした
音楽は人それぞれの環境や出来事に違いがあるにしても
共有できるところに素晴らしさがある
北原白秋の詞と山田耕筰の曲「この道」、「からたちの花」は
三丘小学校1年の担任だった竹本先生(女性)と隣席の次郎万茂子(高校まで主席だった)を想い出させてくれた

アンコール曲が「千の風になって」だった千の風になって

同じ曲と歌詞であっても
歳を重ねて聴くと71年の重さを感じます
 

2017.10/09 二重奏 二つのM マルティーヌとモーツァルト

マルティーヌは不協和音のように感じて
馴染めない
モーツァルトは調和して心地よい

物のことわり(理)というものは
整理ができていてスッキリとCompactで美的なものである
言うなれば
複雑怪奇に難しくよりも、理路整然とSimpleでBeautyにすることができる人こそ、正しく理解していて頭脳明晰だと思う
それは
音も、物も一緒である

今も、ことわりで君臨する
音のモーツァルト
絵の葛飾北斎
物のアインシュタイン

そんな理屈を思いながらの、秋の夕暮れでした
 

2017.10/07 人が変えた植物 人を変えた植物

植物について
ここ数年
それなりに学習をして来たので
よく理解できた

小麦と米とトウモロコシが
世界の三大穀物で
これらなしに人類を語ることはできない
そしてジャガイモと綿花も

食料だけに限らず
われわれ動物に酸素を供給してくれている
動物と植物の需要供給のバランスを知りたかった

新種改良や遺伝子組み換えが進んだとしても
都会というよりも田舎で自然と共に自給生活をしている
人が生き残るような気がした
  

2017.10/06 AIが拓く未来の産業

将来の日本は人口減少で国力が低下して
危機だというマスコミやメディア
政権の権力者などの意見があるが
AIを利用した産業構造が確立すれば
どうてことはないと確信した

人とAI化された物との共同の場
となると、まだまだ時間がかかると思った
そうであるなら、むしろ第一ステップとして
人とAIを区分した生活環境をつくって
次のステップへと進める方法ではと

いずれにしても、次世代は
AIを如何に開発管理維持できるかである
すなわち、それができる能力をもった人だけが生き残れると思った
 

2017.10/02 「もの」をみるしくみ 立命館大学総合心理学部 教授 佐藤隆夫

「もの」をみるしくみ PDFを読んでもらうと趣旨がわかる
ほとんど
私なりに理解していることの説明であった

見るということは
五感の一つで、眼はその器官に過ぎず
網膜に写った内容というか情報を
すべては脳が処理している
だから
同じもの見て(例えば、読んで)も、人それぞれ理解度や感じ方が違う

欲を言えば
脳の中での処理が、どの様に処理されるかを聞きたかった
体験や学習、理解力、記憶力、情報量、関連付け、など・・・
人は、それを元に判断をしているはず

あるものを見て、美しいと感じることだって、本来はすごく複雑で
人それぞれが違う
脳科学の分野になるが
ニューロンとシナップスのリンクが働いているはず

文武芸など、人の性格まで、すべては一つの網羅された世界だ
  

2017.09/30 昆虫に学ぶ生きる知恵
 山下興亜 名古屋大学名誉教授 前中部大学学長

紳士ですね、いい顔をされて
知性と教養が溢れていらっしゃる
高齢でありながら
柔軟な考えで何しろ自ら楽しんでいる

数億年も前から生き続けている
小さな昆虫の、知と技のライフスタイルを
知ることで、そこから学ぶ

1.生物界の(多様性)と昆虫の世界(繁栄)
2.昆虫の生存戦略
3.昆虫発の知と技

・個としての知と技(個体知)
(画一知の総和 ≠ 知の世界)
・集団(社会)としての知と技(集団知)
(多様な個体知の積分 = 知の世界)
・科学研究の今後:専門知と公共知の創造へ

思いました
昆虫は昆虫で如何に生存するか
年月を重ねながら環境の変化に対応しながら
それぞれが持っている特性を活かしながら生き延びてきた
我々人間(動物だが)も、生物(植物、動物)との共生をしながら
生き延びていくしかない
特に
陸上では、植物なくして動物は生きられない

将来的、最終的には
食の連鎖が成り立っていること
所謂
この地球上で食べていける、生物共生の環境が鍵となるだろう

今までのところ
飢饉もなく、食経済が成りたち
いい時代を生きていると、動植物(肉や魚や野菜)にありがとう
 

2017.09/29 歌劇 椿姫 名古屋二期会定期オペラ公演

第一幕の前奏曲の演奏が始まった

前奏曲は、本の冒頭に書かれる
はじめにや序章のように
とても重要な部分である

そこはヴェルディだけあって
若い男女の出会いの時のように
心のときめきと期待を感じさせる
心地よいプレリュードである

舞台の両サイドには歌詞の字幕テロップが流れたので
話のやりとりと筋がよく理解できた
さすが愛知芸術劇場の大ホールだけある

やがて有名な乾杯の歌が響き渡る
若者は快楽を満喫しないで何をするの
酒を飲み楽しもうではないかと
若い男女の恋のエネルギーが伝わってくる

青春時代に体験するストーリーは
本や映画、オペラ、ミュージカルなどで語り尽くされていて
爺さんには聞き飽きた古臭い話であったが
過去完了形の昔の想い出が蘇り浸っていた
よくもてたし、ドン・ジョバンニのようだった
青春とは無鉄砲
 

2017.09/24 名フィル 第324回サロンコンサート
ヴァイオリン&ファゴット デュオコンサート 知られざる名曲のひととき

弦楽器と吹奏楽器の二重奏である
人で言えば男と女
色で言えば黒と白
天で言えば太陽と月
液体で言えば水と油
似ているようで違う楽器の組み合わせ

最初、誰がこの組み合わせの楽器で演奏をしてみようと思いついたのか分らないが
二律背反的楽器による一対一の調和と協調の協奏である

パガニーニ:ヴァイオリンとファゴットのための二重奏曲
ベートーヴェン:ヴァイオリンとファゴットのための二重奏曲
 

2017.09/23 西アフリカ内陸サバンナの雑穀栽培 少人口分散型の農耕戦略
                 南山大学 人文学部 坂井信三
よかった
凄く勉強になった
アフリカ大陸で、ユーラシア大陸のような文明が何故起きなかったかの理由が良く解った

そこに住む人々は
アフリカの環境に合った生活スタイルで
生きて行かざるを得ない

広大な土地でありながら植物が育たない不毛地帯
やせ細った土地に定着しても仕方ないから
移動しながら細々と食料生産をして生きるしかない
(孟母三遷というより食うためのジプシー)

したがって、近代化された農耕機械や生産技術が通用しない
それが今日まで何千年も続いてきた

聴きながら考えていましたよ
・太陽光発電によるエネルギー生産
・AIと発光ダイオードの植物工場
・鉱物資源の輸出

数千年も続いた生き様を変えれるかの問題もある
・日々働く意欲
・技術の操作管理維持能力
・向上心
 
持論の、宇宙、銀河、太陽系、地球・・・すべて渦巻き回転している
人の一生も、収支の帳尻が合うように巡るめく輪廻転生している

アフリカを起源として世界に拡散し生きてきた人類ホモサピエンスの将来は
起因は分からないがアフリカのtriggerによって終焉するような気がしてきた
 

2017.09/20 アイルランド紀行

一種独特なリズム
似たり寄ったりで独自性がなく
ケジメなく繰り返しているようで
みんな同じ曲のように聴こえる
曲名を言い当てるのは至難の業だな

聴きながら邪推をしてました

緯度が高く、夜は長いし、外は寒いし、家にいてもすることはない
そういう環境で生まれた音楽ではないのかなあと

音楽好きな連中が
パブのようなところに集まって演奏するうちに
運動好きな連中が曲に合わせて
ステップしながらダンスをしだす
やがて男女が輪になって踊り
温まった体に、ビールなんかを飲み
夜が更けるまで楽しむ
後は、心地よい睡眠が待っている

会場で、しんみり聴くというよりも
体を動かす、ダンスをするための音楽のような気がする

演奏が終わって
イーリアンパイプの演奏者に質問をしてみました
リズムのルーツはどこにあるのでしょうかと?
明解な答えはなかったが
当初は台所に集まって演奏をしていたらしいと

ごく普通の一般の人達が自分の得意とする楽器を持ち寄り
演奏をしたり踊ったりしながら
わいわいと人生を楽しんでいるようなルーツを感じた
 

2017.09/18 古川美術館

絵画というより、写本を観ることができてよかった

15世紀ころは、手書きで写しとって本にしていた
しかも、当時はラテン語
読めませんよ、一般の人は
だから、挿絵をしたが、読む気はしない
例えれば
私が添え絵を見て理解するようなものでしょう
(左図はブシコー派の画家の時祷書)

グーテンベルクは凄い、印刷技術は革命ですよ
それによって、ルネサンス、宗教改革、近世の情報社会、産業革命へと
ヨーロッパを一変させた

文字と文明、文化を考えると
英語やイタリヤ語、ドイツ語・・・の源流はラテン語にあり
ラテン語の源流はギリシャ、ローマ文明にある

同様に
我々の日本語も、中国文明の漢字が源流で
文字一字がもつ意味を探ろうとすれば
中国の歴史を無視することはできない

写本の1ページに
現在へと導いてくれた
先人たちの文明、文化、芸術、歴史がつまっていた
 

2017.09/16 生命存続の基本原理を紐解く

メールで案内がきたのでコメントを付して応募、選考で出席可に
・厳しい環境で生きる植物の生存競争 篠崎一雄 
 ー植物遺伝子の働きと制御ー
・私がたどった研究の道 岡崎恒子 84歳
 ーDNAの不連続複製機構からヒト染色体機構までー 
 名古屋大学高等研究院 Institute for advanced reseach LETTER

名古屋大学で真理の探求を果たした先生の功績を称える講演会である

2年ぐらい前から、生物と宇宙に興味を持っていたので生の声を聴け、凄く勉強になった
英文が多いプレゼンだったが大体は理解できた

人生を懸けて地道にコッコッと生命の謎に取り組んできた先生に、未知なのもへの探究心と情熱が如何に大切かを感じた

20世紀後半は研究機器、分析機材が発達した時代だとも思った
分子成分を分析し観測し証拠を提示し、世界の研究者が確認する共有の場を持たなければ認知されることはないからだ

お二人共、真面目で素直で温厚な顔をしてらした
視聴の受講者も名古屋大学の理系OBのような人が多かったと思った

このような講演を聴け、時間を共有できた今日に幸せを感じました
 

2017.09/09 カイコの歴史 カイコの未来

奥深い
植物、生物、化学、科学技術、遺伝子、etc
難しい
BC2600年中国の皇后、西脇氏
(si ling chi)の発見でSilkとなった

・養蚕の伝播ヨーロッパ方面
・シルクロード東端の日本
・内分泌(ホルモン)学
・遺伝学
・フェロモン 摂食行動:カイコは何故桑しか食べないのか?
・絹糸タンパク質発現
・近年の蚕糸科学技術
  カイコ核多角体病ウイルスの応用
  遺伝子組換えカイコ作出
  カイコゲノム解析

近年の解析技術の発展で
我々が知らない所で、あらゆる物が分析され
生物の成り立ちを脅かす所まで来ているなと感じた
SF小説のような世界が来るかもしれない
 

2017.09/06 松月堂古流いけばな展

招待券を頂いたので

海外から多くの種苗が輸入されたのでしょうね
いや
花が空輸されているのかもしれない
花の種類がすごく増えました

華道だけに限らず
日本人は文化人ですよ

学生の頃から国力は文化力だと
文化なくして兵器だけでは勝てませんよ(北)
すべては人の作法に品格があるから
教養があるから戦略や戦術が成功する

子供の頃から桔梗が好きだった
野山を歩いていて桔梗を見つけると
立ち止まって見入った記憶がある
花の形や紫色の色彩が好きだったことと
一輪でも周りに際立つオーラを発し可憐だった
(下側の写真は桔梗が使われていたので合成したもの)

今も万葉の時代の秋の七草や山野草の方が好きなのは
子供の頃、体の中に日本の風土が染み付いていたからに違いない
 

2017.08/30 日台大学合唱団による国際交流の夕べ

中京の合奏団は本当に学生たち
台湾大学のEMBA合唱団は
学生とは思えない年配の方ばかり

中京は童謡歌「海」「赤とんぼ」「ふるさと」などを
子供の頃を想い出し良かった
一方台湾はプロなみで
「千の風」を日本語で、ヴェルディ歌劇椿姫より「乾杯の歌」
「夜来香」などは馴染もあって、凄く良かった素晴らしかった

歌は共通語であるとつくづく感じた

アジア人だなとも
台湾の歌を聴いていると
その根底に、中国、台湾、日本の
共通する心の情景があることを強く感じた
漢字圏の民族が一致団結すれば
欧米など世界に大きな影響を与えるだろうに
 

2017.08/11 第323回サロンコンサート

私にとっては
あまり馴染みのない曲でした
きっと
クラッシク音楽に通の人向けかもしれません

日本の文武芸について!
日本文学は世界の中でも
引けをとらない作品がたくさんあります 源氏物語など多数
武術にしても 柔道や剣道、空手道など
絵画についても 浮世絵、日本画など
しかし
音楽に関しては クラッシックに匹敵するものがない

なぜ!・・・
そんなことを考えていました
当時、日本は中国が、お師匠さんでしたから
中国にクラッシックのような音楽がなかった
どうしてか?

反対に
ヨーロッパでは何故できたのか?
文盲が多かったから
キリスト教の布教のために絵画が発展したように
音楽も利用された

と言うことは
中国仏教に音楽が利用されなかった?
どうして
分らない・・・・・・
   

2017.08/09 鉄たび展

子供から高齢者まで、列車が好きな人が多ですね
海外の列車も沢山ありました

4歳の頃、初めて列車に乗った記憶があり柳井駅で母親と逸れ泣き出したら、側にいたオバサンが名前は?と、声をかけてくれたことを思い出した

・フィラデルフィアへ行っていた時、Strasburg rail road鉄道博物館へ行った

ロンドン行った時、パディントン駅からウインザー城へ行った。親切な駅員がホームでSloughで乗り換えなさいと教えてくれた。もし言ってくれなかったら、そのまま乗っていた。怖い!

家族でアメリカ旅行をした時、ニューヨークからワシントンDCまで特急アムトラックに乗った

鉄道には色んな想い出があるが
22歳、博多駅での別れは
今もその光景がでてきて忘れられない
 

2017.08/05 クラシック音楽の名曲と夏

ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲ト短調RV.315「夏」
言わずと知れた名曲「四季」の夏である
これを生で聴きたくてきた

夏の自然現象である
激しい雷鳴や
虫がブンブンと飛び回る
様子が表現されていると、解説された

以前にも書いたが
名古屋に来た頃(1969年)
栄の音楽堂でイ・ムジチ合奏団のレコードを買って聴いていた
青春時代の懐かしい思い出が蘇ってきた
 

2017.07/29 ホタルのおしりはなぜ光 発光の謎

先ずは
虫が好きで
興味があって
学習力があって
応用力があって
実践力があって
表現力ありという先生

それと
重要なことは
ヒマワリのように
日当たりばかり考えているような人物じゃあない

風向計のように
流を目ざとくうかがいながら
方向転換しているような人物じゃあない

ヒラメのように
上目遣いで他者の顔色をうかがっているような人物じゃあない
ですね
詳しくは大場先生の執筆本

ホタルは日本人が一番好きな昆虫だそうです
昔から、日本画や浮世絵、装飾具などに描かれています
更に以前、枕草子に、夏は夜。・・・蛍の多く飛びちがひたる・・・
田舎育ちの私は
夏の夜、竹竿の先に笹の枝を束ね
バケツの水で笹を濡らしながら
ホタルを捕ろうと上ばかり見て走り回り
土手から落ちたり、転んで膝を怪我をした、記憶があります
カエルのゲロゲロ声と
蛍の光が飛び交っている光景が
夏の思い出です
  

2017.07/25 日仏シャンソン協会

シャンソンにかぎらず
ヨーロッパの歌が披露された

一番印象的だったのは
リリーマルレーン
マレーネディートリッヒの歌を
高校生の頃、FM放送で幾度も聴いた
この曲にはいろいろの想い出がある

会社にいる頃
アメリカphiladelphiaから来た
アドルフ、マネージャーと食事をしていた時
BGMでこの曲が流れた
A氏が急に涙ぐんだので、どうしたのか聞いたら
私は両親と妹と弟、5人でドイツから移民してきたと
父は屋根の修理工で、私は6歳でした・・・
(リリーマルレーンは大戦中にドイツで流行した曲・・・
詳しく知っていたので、A氏の気持ちを察することができた)

国を捨て、縁者を捨て、言葉を捨て、アメリカに来た

24年前、会社を早期退職をする時
A氏のことを思い出した
同じ日本国内どうてことなかったですよ

世の中、不思議なものですよ
人の出会い、音楽、映画、・・・人生ですね
その後も、趣味の知識が色んな場面で私を助けてくれました

マシュケナダ、オーシャンゼリゼ、も懐かしかった
 

2017.07/22 コジファントゥッテ

モーツアルトのフィガロの結婚、魔笛
ドン・ジョヴァンニに加えて
4大オペラと云われているようなので

男と女の心移りを題材にして
駆引きが面白いらしいが
イタリア語が全く解らいので
何を言っているのか
さっぱり

以前、蝶々夫人を愛知芸文で観たが
テロップがあって凄く良く解ったが・・・

見ていると
女性のドレス
腰から下をチュウリップを引っりかえしたろうな
これが
凄く理にかなっていると思った
尻がデカく足長の女性がスタスタと歩く姿が見えず
まるで
床を移動しているように見える

地下鉄の案内とニュースのテロップのようなものを
観客が見えるところに置くか
映画の字幕のように
スマフォに転送するか自動翻訳する時代がくれば
オペラもヨーロッパ人が楽しんでいるように
本来の楽しみ方が我々にもできるのだろうが
 

2017.07/21 シャンソンとカンツォーネの魅力

女性ボーカル4人
青春時代に聴いた
懐かしい歌が聴けました

シャンソンといえば
エディット・ピアフですね
バラ色の人生、愛の讃歌…
フランスを代表する歌手
他を圧倒してますよ
映画も観ました

会場で聴いていて一番良かったのは
シャルル・アズナブールが歌った
SHE
私が想い出すのは
映画「ノッティングヒルの恋人」の中で
エルビス・コステロが歌ったSHE
格別です
 
イタリアのカンツォーネは沢山の名曲があります
オーソレミオ、サンタ・ルチア、帰れソレントへ…
やはり
高校生の頃、FM放送で流れていた
ジリオラ・チンクェッティの「夢みる想い」を
想いだします
 
すべてにセンシティブだった青春のころです
  

2017.07/18 第322回サロンコンサート
林 裕人と愉快な仲間たち
私、特有の感性なのですが
吹奏楽の響きに対し
欠如するものがあるのかもしれない
要するに
心染みるような感性を持ち合わせていない
ただ
「聖者の行進」や
「ハーレム・ノクターン」
「ホルストの組曲惑星の木星」
「スーザの星条旗よ永遠なれ」
「ルイ・プリマのシング・シング・シング」などは
吹奏楽でなくてはならない

空間の伝達は変わりないにしろ
弦楽器から発する響きに
繊細さを感じる
謂わば
音域の領域や強弱からくる響きの違いかもしれない

J.S.バッハのG線上のアリアを
ピアノとチューバで聴けたのは良かった
もとは、管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068なのだから
 

2017.07/17 名古屋フィルハーモニー交響楽団
       まちかどコンサート
70名以上の交響楽団の基本となる
ヴァイオリンx2 ヴィオラ チェロ
の室内楽
目の前で生演奏を聴くことは
いかなる優れたデジタル媒体にもまさる
(生にまさるものなし)
芸術を味わうには、生体験しかない
(料理と一緒で食わなきゃ分らない)
更に
色んなものを味わう度量と世界観も要す
本物や一流と向き合わなくては、その奥深さは分らないものである
聴衆も一流のCriticにならなくちゃ
(違いが分かる男に)

私の好きな
モンティのチャルダッシュ
アンコール曲で演奏されて
よかった


2017.07/11 メークアップ ヘアスタイル史のなかの英国

当時の王室の化粧はどうだったこうだった
の説明で終了
確かに
王族や貴族は威厳を保ちたい
金もあるし暇だし

宗教改革や、ルネッサンス期から
人々が化粧をするようになったのは
なぜか
制圧されていた人間性の回復もあるだろうが
市場経済の発展や、芸術文化への意識改革なくしては
成り立たないはず

一般大衆に波及させていくには
富裕層の人達に着飾る楽しみを持ち込み
商業ベースを画策した起業家がたくさんでてきたからに違いない
同時に
化粧品、衣装などの素材や製造も大量生産の時代になった

今日まで化粧品会社の繁栄が続くには
人の見栄や気分を増長させるセールスと(デパートの1階)
ブスやブサイクであっても
良く見られたい
ダンディーでありたい
カッコつけたい
少しでも優越感に浸りたい、モテたい心理が人には備わっている

若さ=性本能
花と一緒ですね、プログラムされている

宗教≠化粧 (宗教の縛りとは何なんでしょうね)
イスラム諸国は今から市場性ありだな

なにしろサービス産業と違って、不滅の産業ですよ
時代は変わっても
爺婆まで半世紀は、お客様だし
  

2017.07/10 パリジェンヌ展

三菱商事の招待で入館 いつもありがとう

全体を観て
パリジェンヌに至るルーツは
イタリア ルネッサンス文化にあると、思った

宗教改革は人々に自ら考えることを教え
フランス革命を経て
王朝貴族中心から国民中心の社会へ移ったことで一般大衆がいい意味で愉しめる
平和で安定した文明文化が広がったからに違いない
したがって、その素地はあくまでも
ヨーロッパ貴族達が愛していたスタイルを踏襲している

時代を写すパリジェンヌの女性たちは
日々の生活の中で、着て、食べて、遊んで
20代30代40代・・・と、その歳々の人生を
今がその時とばかりに楽しんでいました(作品の印象)

と同時に、芸術の都パリをつくり得たものは
そこに住んでいる人々に
思いとセンスがあったからだとも、思いました

フランスの哲学者 ルネ・デカルトの言葉を思い出した
「我思う、ゆえに我あり」
  

2017.07/07 ミュージアムの魅力

名古屋市博物館、名古屋市美術館
市民なら殆どの人が一度は訪れているはず
今更紹介はないだろう
ましてや世界の名だたる館とは比較にならないほど小規模で作品数も少ない
難しいプレゼンであることは百も承知である
だったら
知らぜざるミュジアムの魅力を紹介して欲しかった
表面的に作品しか接していない鑑賞者には分らない裏話
例えば
寄贈した人達がいたから成り立っている、その人達の紹介や
それを維持管理している裏方の人達が何をしているのか
数少ない作品を観るポイント

インターネット辞典がある時代、ありきたりの話は
知り尽くされている
今からの講演は
ネットに載っていないような話を
聴かせるところに意義、価値があると、プレゼンターは心得るべき
  

2017.06/29 世界音楽紀行

自由自在に思うように演奏ができるようになってくると
自分の演奏に陶酔してしまうことがある
(若い頃、ギターを弾いていた時、感じたことがある)
と、同時に
人の前で表現したい
自分の演奏を聴いてもらいたいという欲求が生まれてくる
聴いていて、そのような印象を受けた

若い時にしか出来ないこと
若い時にしか感じないこと
若い時にしか思わないこと

その歳
その歳を
今日が一生、と思って
パフォーマンスする
それが人生だと、思った

そして
何よりも
聴衆を悦ばせたいと思う人格を
持ち合わせていることが
曲とともに素晴しいと思って、聴いていた
 

2017.06/28 近現代 日本絵画展

洋画と日本画が分けて展示してあった

洋画は
明治維新後の文明開化の潮流で
何とか西欧絵画に近づきたいと
模倣する様が感じられた
一方
日本画は
日本の絵画文化を死守する様が感じられた

日本の時代の節目の中で生きた
画家としての生きざまの心情が見えた

いずれも
日本の絵画技法は世界のどこに出しても
一級品だと思った

個人的には
片岡球子の「富士に献花」が
何よりも好きだ
その理由は
彼女の人間性とでも云うような
他に類を見ない発想の大胆さと
順風満帆ではない時の強さが
表現されているからだ

絵画の本質は美しく上手に描けている、ではなく
観る人に何かを与えるものがなくてはならないと、思っている
それは人それぞれによって違うだろうが
例えば、絵を観ることで
苦しい時に元気を貰える
気が荒くなった時に落ち着かさせてくれる
気弱になった特に勇気を貰えるような・・・

作者も
絵を描きながら懸命だったに違いないと
共感させるものが伝わってくれば・・・

絵画とは、そのようなものが不可欠だと、私は思っている
 

2017.06/24 中京大学文学会春季大会
・表記の思想  漢字 カタカナ ひらがな
 国文学研究資料館准教授 入口敦志氏
・古代文芸のおんなとおとこ
 武庫川女子大学教授 影山尚之氏

・表記の思想  漢字 カタカナ ひらがな
確かに、と思ったことがある
中国文明の漢字がアジア圏に浸透し
漢字を国学とする国家がつくられていったが、日本の場合は
九世紀中頃から、ひらがなが使い始められた
ベトナムは十三世紀頃チュノムが
韓国は1443年世宗によってハングルが制定された

これは
子供が成長するに連れ、反抗期を経て、独立していく
その姿に似ていると、思った


・古代文芸の、おんなとおとこ
国家が成り立っていくには
基本的に、おんなとおとこが居て
子供が出来なければ、成り立っていかない

そのことが、古事記のなかにあって、上手くしたためられている

もちろん、それだけではなく
万葉集、和歌なども、おんなとおとこが殆どである
そのことが解説された

2つの講演を聞いて思いましたよ
文学は国家からみれば非生産部門です
(ミサイルばかり発射させても文化国家ではない)
しかし
文学が国家の中で重要視されている国家は文化国家です

国家も、文武不岐、文武両道でなくては、一流ではない
 

2017.06/02 日本新工芸展

パンフレットに載っている陶器ではなかったが
(2017−想い)前田泰昭の陶器は気に入った
夕日のような赤色で生命の躍動を感じさせた

キャンパスに描かれた絵画のような
染色による絵柄も気に入ったものがあった
(「狂おしき孤悲」其の一)兼先恵子の
黒い手と白い手が、その人の心情を表しているようで凄く惹かれた

(移ろいゆく刻みの中で)丹下雄介
紫陽花の色に、生命の故郷のような、色合いを感じさせた

一品持って行ってもいいよ、と言われれば
丹下雄介さんの紫陽花だな

国の文化度は、芸術度に比例すると、若い頃から思っている
AIの時代が来ても、人の心の美観は普遍である
  

2017.05/20 名古屋大学 減災連携研究センター

地域の減災推進委員の方が大学に依頼して開催された
大学に連携研究センターが出来たことは知っていたが、わざわざ訪れる気がなかっただけに
いい機会になった

たまたまだが、鎌田浩毅の地球科学の著書を読んでいて
地球には大陸移動、プレートの移動が常に起きていて
火山と地震が付きものであることを知していただけによかった
(イギリスの哲学者ベーコンが説いたように「知識は力」となる)

地学ノススメ 「日本列島のいま」を知るために 8章は絶対に必読
西日本大震災に備えよ
生き抜くための地震学 京大人気講義

主に、東南海地震が起きた時に (間違いなく、2030年代に来る)
名古屋市内の想定災害状況がMAPで説明された
明治期の頃からの国土地理の変化もすごく良く分かった
(過去は未来を解く鍵である)

名古屋市都市計画情報提供サービス 名古屋市民は活用すべき!

当然だが
我がOO区の災害状況もあったので、その話になると我が事となる
耳を澄ませ目が皿のようになり、気が入った
OO区の地域的には安心できたが

我家の内部が一番危険地帯だなと、感じた人は多かったに違いない
生きているかどうかわからないが(間違いなく、2030年代に来る)
今から
倒壊しそうなものは排除し、如何に避けるかである
また
少子高齢化、人口の減少、経済破綻、東南海地震、の時期が重なる
間違いなく、日本沈没に近い状況になるだろう
 

2017.04/29 藤井フミヤmeets西本智実

ファンになる心理を
深く考えたことはなかったが
西本さんのファンは圧倒的に女性が多い

女性が女性に憧れる
嫉妬深い女性からは信じられない現象だが
世界的にも珍しい女性指揮者であるから
応援団のつもりなのかもしれない
また、一つのことに盲信し
一途になる女性の性質があるからかも

が、藤井フミヤ
何が良いのか全くわからない
他の才能があるからかもしれないが
55歳の童顔からは男としての責任ある大人の顔付きは感じられない
だから、女性が好感をもっのかもしれないが
日本人特有の幼稚で子供っぽい社会現象のようにも思った
 ・顔に人間の性格あり Leonardo da Vinci
 ・顔は精神の門にして、その肖像である キケロ
 ・40歳過ぎたら自分の顔に責任を持て リンカーン

世界が見えない、おらが村的な現象なのかもしれない、とも思った
プロゴルファーの石川遼を思い出した

90%以上が女性の聴衆だった
まあ、お付き合いで付いて行ったことなので・・・
敗戦後の何もない田舎暮らしを体験した老人には
摩訶不思議で脳天気に見えてしまうが
憂いと僻みなのかもしれない
 

2017.04/20 第72回春の院展

絵画の上手さで云えば
どれも甲乙つけがたい
自分の側に置いて眺めたいと思うと
限られてくるが
どうも
最近、昔、眺めたような風景が目に付くようになった
良くないな
回帰現象かな
心配だな

志賀高原でリフトの上から眺めたような風景画があった
手塚雄二 <春雪譜>五月の八甲田山 鳥になって飛んで行く

最近読んだ本に
現生人ホモ・サピエンスの洞窟絵画の話があつた
絵画を上手く描けることは
知能と密接に関係があると

絵を描くには
色んな要素が総合的に発揮されなければ、描けるものではない
日本美術院同人の方や出展された方は
優れた才能と知性の持ち主に違いない
 

2017.04/13 グレース ケリー展

やっぱり、男も女も美人でなくちゃダメだね
だた、それに必須な要素として
品格と教養

2015.2/19に見て
いろいろ書いているので割愛します

今回は、オスカー像が見たくて行きました
映画俳優になったら
一度は手にしたい
そんな気持ちが伝わってきました

95%は中年の女性の観客でしたが
中に
23歳くらいの女性がいて目に止まりました
やっぱり
若くなきゃあ駄目だな
花も、つぼみが開き、輝いている時期が一番きれいです
だから、蜜を吸いに男たちが寄ってくる

まあ、若い時に、たくさん青春したから、悔いはないです
 

2017.04/08 浮世絵展 「広重・英泉 木曽街道六十九次」

中山道の中でも
和田宿(和田峠)から大津宿(滋賀)
三条大橋(京都)までは
トレッキングで、スキーで、仕事で、登山で
想い出が多いルートである

今昔には格段の違いがあるものの
時空を超えて
頭の中に、その時の印象的な光景が蘇ってきた

和田宿は大学時代、和田峠から蓼科までのトレッキングで想い出す
下諏訪宿の諏訪湖の近くで夏休みの一ヶ月以上を過ごした

関ヶ原宿に近い伊吹山スキー場にも国鉄とバスで幾度も行った

薮原宿は国道19号沿いにあるの薮原スキー場へ
子供たちを車に載せて何度も行った

奈良井宿にも友人と旅した

妻籠宿、馬籠宿、落合宿、中津川宿はトレッキングした

守山宿には帰省の帰りに幾度も泊まった

大津宿も某銀行のサポートで何度も行った

京都には仕事の関係で、半年近くいた

中山道六十九次 
想い出すこと多く、いろんな人にお世話にもなった
 

2017.03/11 愛と平和の調べ 〜池宮正信さんとスクエアピアノ再会のストーリー〜

実に、実に楽しい2時間でした
池宮正信さんの人柄が
ピアノ演奏と舞台上のトークに
溢れ出ていたからです
アメリカに長く滞在されていたからでしょう

アメリカ人が持つ
陽気で、皆で楽しむ姿を、思い出しました
<幸せ、大好き、ありがとう>聴衆を交えて11回の合奏

ピアノ演奏も
クラッシクの、エルガー、バルトーク、ショパンがありましたが
ラグタイムに入ると
まるで一変し
池宮さんも人が変わったかのように変身しました

スコット ジョプリンの
映画「スティング」のテーマ曲は聞き慣れていただけに最高でした
その後の演奏も
アメリカ黒人音楽のラグタイムとジャズで
何だかアメリカに居るような気になりました

70歳、型枠に嵌った、つまらない退職組の爺さん婆さんが多い中
ピアノ演奏と日本人離れした
桁外れのパフォーマンスで聴衆を楽しませました
いい老後だと、思いました
(招待席の中高齢者たちは
真面目くさった顔を一度も崩すことはなかった)

本当にいい音楽会でした

学長のすぐ後ろの席だったので
終わった後、「楽しかったです」と声をかけたら
振り向いて会釈してくれました
 

2017.02/19 浮世絵展 「広重 六十余州名所図会[後期]」      六十余州名所図会 ウィキペディア

山陰道、山陽道、南海道、西海道と
いつの日か見た記憶のある場所の浮世絵だけに
懐かしく観せてもらった

いずれの作品にも
水が描かれていた
日本の風土を考えれば当たり前かもしれないが
川であったり、海であったり・・・
その水の色が
青くグラデーションされていて
流れや動きを感じさせる
 
左の岩国市の錦帯橋は
たびたび訪れ何度も渡った
(赤く染まった松林の辺りに親戚の家があった)

今でも記憶がある
この錦川は夏になると鵜飼で賑わう
親戚の戸村のおじさんが船を一艘貸しきって
家族を招待してくれた

篝火の中で鵜師の捌きを見ながら
鮎を食べ(大人は酒を飲みながら)
川面の光や川岸、岩国城を眺めた(大金だったに違いない)
 


2017.02/17 人工知能研究の来し方、行く末 AIとITの研究と社会システムデザイン

隣の学生は始まるやいなや机上にうつ伏せた
やはり
大学ランキングで
諸外国の大学に負けるはずだよ

世の中に出回っている情報の寄せ集めを
プレゼンテーションしていては
新鮮味や
耳をほじくってでも聞きたくなるような
斬新さがない

人工知能に関する書籍はだいたい読んでいるので
行く末ぐらいまでは、およそ推測が付きますよ

僕の持論ですが
どんな立派な大学であっても
大学までの授業は所詮「ままごとですよ」
やはり
どんなに小さな会社であっても、会社は「営利目的」であると同時に「お客様相手」
商品の研究開発、販売、維持管理が基本で
外交能力と問題解決能力なくしては成り立ちません
この違いは大きいです

人は自分が抱えている問題を解決してくれるものになら大金を払う   いい例が、病気になって死と直面すれば必死である
 

2017.02/11 ミュージックベルの調べ

一度、生のベル音を聴きたくて
しかし
観ていると(聴いてもいるが)
忙しなさ過ぎる

自分の役割の音階がきたら
ベルを手にとって
振って鳴らして
元の位置に戻す
(映画:チャップリンのモダンタイムスの
流れ作業をしている場面を思い出した)

4人でお互いが協調して
懸命に振り回している努力は感じるが
ベルの音質というか
ベルの音量
しびれなかった(無料だから文句は言えないが)

もっとも80人規模で(オーケストラ風に)
演奏(振り回せば)すれば
違ってくるかもしれないが

これを書きながら
隣のパソコンでは、ロンドンから送られてくる
ClassicFMでThe Watermill by Ronald Bingeが流れている
なんとも美しい音色だろうと・・・

やはり
音には、質、量、色(カラフル=多楽器)が必要だ!
 

2017.02/10 パレオアジア文化史学 ドナルド ヘンリー(タルサ大学人類学科名誉教授)   パレオアジア文化史学
「Rethinking Neanderthals ネアンデルタール人はどのような人々なのか?その再考に迫る考古学研究」

ホモ サピエンスの進化に
若い頃から興味があり
いろんな書物を読んできた
近年では
「ネアンデルタール人は私たちと交配した」
本が出版されている

出席者は50人位だった
すべて英語で
通訳を務めた若い男性も研究者のようだった
講演内容は
西アジアでの発掘調査の方法や結果発表などだった

救いはPowerpointのプレゼンテーションだったので
図や写真などがあったことと
注釈が英文だったので、なんとか分かった

講演が終わって中高老年の4名の男性が質問したが
すべてネイティブのような英語で長い質疑応答であった
(難しすぎて何言ってるか???)
出席者の殆どが
人類学を研究する大学の研究者や教授、関係者たちのようであった

一般人が興味半分に聞くようなものではなく
場違いのような感じがした(一般人は私一人だったかもしれない)
いずれにしても
サラリーマン、事業者、大衆とは、隔壁のある
研究者たちの真理を探求する人達の雰囲気を味わった気がした
(大学などの研究者たちの真摯な姿を)

ヨーロッパの気温の低下で
ネアンデルタール人たちは西アジア
(中東のシリア、レバノン、イラク、イスラエル、ヨルダン)
の辺りまで南下してきた
一方
我々の祖先であるホモ サピエンスでも
アフリカを出て北上した連中が、彼らと遭遇する
French、Han-Chinese、Papuanらが、彼らと交わり、ネアンデルタール人たちを吸収したとのこと
(アフリカ人はネアンデルタール人と交わりなし)

ネアンデルタール人の特色は
短足で
眉毛の部分の骨が出っ張って
後頭部が後ろに突き出ているらしい

確かに、現在でもいるよね
今後、そんな人を見たら
ネアンデルタール系の人だなと、思い
もし
ネアンデルタール系ですねと、言われたら
Thank youと言って応じなさいと、ヘンリー先生は言っていた
 

2017.02/04 吉田博木版画展

一枚の絵の前に立つと
描かれた場所の想い出や、その時の気持ちが蘇ってくることがある
また、描かれた所へ
行ってみたくなることもある
そんな抒情を感じさせる絵は、自分の側に置いておきたくなる

子供の頃、瀬戸内海は度々観た記憶がある
虹ケ浜の海水浴場にもよく行った 
光る海:大正15年ころは、中国を連想してしまう、こんな風景だったのかと思った

これ以上は、筆舌に尽くし難い

2017.01/30 ユトリロ回顧展

どの絵を観ても 寂しい と感じた
一点からの遠近法でキチンと描かれているが
そこから感情的なものが伝わってこず
閑散として、侘びしい

仕事柄、実に多くに人と接客で会ってきた
会って三分話せば、話し方や内容などで、凡そ、その人の人柄や教養が分かる
生活は 体型にでる
本音は 仕草にでる
感情は 声にでる
センスは 服にでる
美意識は 爪にでる
清潔感は 髪にでる
落ち着きのなさは 足にでる
性格は 顔にでる
 思いやりのある人は 優しい顔に
 明るく前向きな人は ほがらかな顔に
 意志の強い人は しっかりした顔に
 根性の悪い人は 悪人顔に 
これらは表面的なものである

芸術家は
自分の感情を如何に演出するか、表現するかにある
音楽家、作家、ダンサーなど・・・
もちろん、画家もだが

表面的なものと、表現することとは、別物であると、思う
自分のことに構わず、だらしない恰好をしていても、天才的な芸術家や学者などもたくさんいるから
ただ
自分のことは捨てても
すべては
聴衆Audienceや、観衆Spectatorなど、第三者の要求や要望に、如何に応えられるかにある
これほど美しいものはない

ユトリロの作品を観て
1900年という近代化の光と影がそうだったのか
フランス パリ モンマルトル貧富がそうだったのか
私生児として生い立ちや境遇がそうさせたのか
分からなかったが
辛さだけが印象として残った
しかし
ユトリロに共感する人々が、たくさんいるということだけは分かった (まだまだ未熟だな)

芸術家や音楽家、作家など、著名な人々
歴史を動かしたような有名、高名な人たちには
苦悩を抱えている、いた人が多いと、思う (ノホホーンとした安気な凡人には分らない)
   

2017.01/23 視覚の心理学とその応用 日本女子大 竹内龍人教授
私たちの日常行動は視覚情報に大きく依存していることから、環境への対応や製品の改善といった応用問題解決には視覚に関する知識が必須である。
また視覚は脳における情報処理に基づいているため、視覚の知識は脳の仕組みの解明につながる。
本講演では、「色の見え方は人によって異なるのか?」「暗いと運転しづらいのはなぜか?」「なぜ気持ち悪く見えるものがあるのか?」といった疑問を題材とし、
関連する視覚と脳の仕組みに関する心理学的知見を解説する。
さらにこれらの知見に基づき、日常で経験する関連問題へ の対処について考えを深める。

以前、生物が眼を手に入れたことで進化した、と言うような本を読んだことがあり
興味ある内容であったので出席した(後方の席にはたくさんの二十歳前後の女学生がいる)

簡単にいえば
カメラ本体と(眼球)と、パソコンの画像処理(脳の視覚神経)である

1.色の見え方は人によって異なるのか?
  > 人によって赤緑青を捉える網膜に違いがある、更にオレンジを捉えられる人もいる
  > 誰にとっても見やすい色の組み合わせを目指す カラーユニバーサルデザイン
2.暗いと運転しづらいのはなぜか?
  > 確かに感じてきた、加齢によるカメラと処理能力の低下
  > 明るいところと暗いところでの処理が違う(目を細めると視力が向上 夜間は視力を犠牲にするから見づらい)
3.なぜ気持ち悪く見えるものがあるのか?
  > あるな、女学生は気持ちよく見えるが、ババは見たくない
4.心は脳内物質が決めるのか?
  > 脳内神経伝達物質
     興奮性伝達物質(グルタミン酸、ドーパミンの増減で、統合失調症が起きる)
     抑制性伝達物質(γアミノ酪酸GABA)
     興奮-抑制性伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリン)
  > 脳内神経伝達物質濃度と疾患との関係
     うつ病、統合失調症、認知症、ADHD、ASD (抗うつ薬SSRIによるセロトニン濃度の調整、) 
  > 脳内神経伝達物質濃度と視知覚との関係
     錯視の見え方は脳内神経伝達物質の濃度から予測できる
     
実際は、もっと難しく深い内容の講義であったが、纒めると
・カメラの性能(眼)の問題もさることながら
・脳の中の処理能力は、人それぞれ少しずつ異なり、老化によって更に変化加速する
・従って、正常な人からは理解できないと、思った (自分が観ているものが、他の人も同じように見えているとは限らない)

高齢者の、自動車事故など、さまざまな問題も
認識が全く違うところで、脳が働いているのかもしれないと、思った

高齢者に限らず
人の心の疎通、コミュニケーション、理解力、知性、感性など・・・違いで
自分には素晴らしく思えても、相手はそうでないなど
必ずしも
他者に100%伝達できないこと、感覚の違いがでてくるなど、理由が少し分かった

割れ鍋に綴じ蓋」も他者からは理解できないが、脳内神経伝達物質の濃度の違いなのだろう
そう思うと
今日は少し「違いが分かる大人になった」気がしてきたが
可愛い女学生が気になり、眼はタレ目に、脳の好色濃度は高くなっていた
  

2017.01/07 CHOWDER(チャウダー)ジャズグループ イオン八事店Grand Generation's Mall

偶然にも
GG(爺爺)フロアーに立ち寄ったところ
JAZZの演奏が始まりました
定番の曲が流れると
聴衆の老人達も、リズムに合わせて体が動いています
梁塵秘抄の
「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声きけば  我が身さえこそ動がるれ」
を思い出した

大老になればなるほど重々しくなって
子供のの頃の無心で遊ぶ心を忘れてしまうものですが
音楽は
子供のような、純真な心と素直な気持ちを蘇らせてくれます(まさに回帰現象だな)

To 2016年